組込みソフトウェアを手がけるイーソルでは新卒を毎年採用し、手厚い研修制度で未経験者からプロのエンジニアに育て上げる。2020年はリモート環境下であっても、例年と変わらぬレベルで育成を進めたという。どのような工夫を施し、難局を乗り切ったのか。
イーソル株式会社
1975年設立。創業時より組込みソフトウェアの開発を手がける。情報機器から人工衛星システム、ロボットなどに搭載されるソフトウェアにとどまらず、流通・物流業界においてもハードウェア、ソフトウェア開発で高い評価を受けている。2019年東証一部に上場。
資本金:10億4,181万円(2018年11月12日現在)
売上高:96億4,400万円(2019年12月期)
従業員数:449名(2019年12月31日現在)
東京都中野区にあるシステム会社のイーソルは、家電に自動車、ロボットに人工衛星まで、あらゆる機器に搭載される組込みソフトウェアを開発する。IoT時代には欠かせない、高度な技術とノウハウを擁する注目の企業だ。
従業員の8割以上がエンジニアという同社では、これまで「ゼロからプロを育てる」方針で新人育成に重点を置いてきた。特に2020年度は採用にも力を入れ、例年比でおよそ1.5倍の30人超が4月に入社したという。年明けには研修室を拡大し、受け入れ態勢も準備万端というところでコロナショックに見舞われた。
管理部人材開発課課長の澤田綾子氏は、新人研修ではギリギリのところでの判断を迫られたと当時を振り返る。
「3カ月間のプログラムは、技術研修が大半を占めます。組込みソフトウェアの開発自体、特別な機器を使ったり、メーカーに常駐して開発したりする必要のあるケースも多く、テレワークとの相性はあまり良いとはいえません。しかし大切な社員たちの感染リスクの低減も不可欠で、悩みどころではありましたが、直前にオンライン形式でスタートを切ることを決めました」(澤田氏、以下同)
幸いだったのは、夏に予定されていた東京オリンピック対策として、既に2、3月の段階でテレワークの強化を図っており、加えて、それ以前からビジネスチャットツールであるTeamsの使用も浸透していたため、インフラや組織運営の仕組みがある程度整っていたことだ。
新人育成のカリキュラムは極力例年の内容を踏襲し、オンライン化により生じる課題をクリアしていくことを原則とした。研修初期はビジネスマナーや社会人の心構えなどを中心に、Zoomでのライブ研修や動画配信、eラーニング教材や課題図書の配布などで乗り切り、技術研修は2週間遅れでのスタートとなった。
「組込みソフトウェアの製作プロセスは、パソコン上だけで完結するものではありません。開発したプログラムを動作させる電子回路を搭載した基盤や、電気信号の状態を確認する機器なども必要です。研修では、プログラミングの学習に加え、指示に沿って配線を間違いなく行ったり、想定通りに動作しない場合にソフトウェア・ハードウェア両面から問題解決を図ったり、数名ずつのグループでの数日間にわたる実習などもあるので、例年行われているプログラムをすべてオンラインでこなせるのかは正直不安でした」
しかし、それらの心配は杞憂に終わった。
「実際は、オンラインでも想定していた以上に例年の内容が再現できていた印象です。実習に必要な機器類は従来から全員に行き渡るよう用意があったので、各自の自宅に送る形で対応できました。また画面を介して講師の手元のアップを見ることができるので、細かい配線や指示は、むしろ集合研修よりも分かりやすい部分もありました。受講者は1人で作業するため、その場で誰かに頼ることもできないからか、例年以上に講義に集中できていて、従来よりもトラブルが少ない結果となりました」
もちろん講義や実習の進め方、研修の空気感醸成など、細かい部分は試行錯誤しながら調整を繰り返していく必要があった。ポイントは「コミュニケーションの絶対量の確保」だと澤田氏は言う。
「グループ演習ではZoomのブレイクアウトルームを活用し、受講者も共同ホストにして自由に場を行き来できるようにしました。その際、他のグループとの打合せ用のブレイクアウトルームも用意しておいたり、人事面談用のブレイクアウトルームも設けたり、個別の相談ごとや連絡はTeamsのチャットを併用するなど、ツールを駆使し、コミュニケーション量を増やすことを心がけました」
新人研修のオンライン化は、運営側にもメリットをもたらした。受講中の様子を人材開発課も以前より密に確認できるようになったからだ。毎朝点呼を兼ねて心身の調子を含む様子を確認したり、研修の前後で連絡事項を共有したりした。受講態度も、例年以上に運営側で把握・フォローができた。
「以前の集合形式の研修では、様子を見るには研修室に出向く必要があったため、すぐそばで実施しているとはいえ、どうしても機会が限られてしまい、一人ひとりをじっくり観察するのは難しい側面もありました。しかしオンラインでしたら、画面越しですが社員たちの表情を確認できますし、自分の仕事を進めながら、音声などで様子をつかむことができます。今年はできるだけ複数人体制で対応にあたっていたこともあり、より細やかにケアできていたと思います」
配属予定部門の管理職や先輩社員を対象とした研修見学会は、時間を区切ってオンラインで実施し、例年以上に気軽に参加できると好評だった。新入社員の本配属を決めるのに、課題の成績に加え、研修中の様子も踏まえて適性を図ることができたという。
また、研修段階から新入社員と現場との接点づくりも例年以上に行った。オフィスで顔を合わせながら徐々に組織に馴染んでいくという、通常なら当たり前のプロセスが今年は抜け落ちてしまったからだ。
「例年、7月からは新入社員の配属先の先輩社員がOJT担当として実務指導にあたり、他部署の先輩社員がメンターになって社会人生活全般をフォローしています。今年もその流れがスムーズに進められるように、研修期間中に、OJT担当やメンターとの懇親会をオンラインで企画しました。
その他にも、新人同士のランチ懇親会や、各部門、先輩社員との懇親会などを通して、会社の雰囲気に少しでも慣れ、配属後にスムーズに意思疎通ができるよう、交流の機会を設けたことで、対面同等とまではいかないまでも、新入社員も順調に打ち解けることができた印象です」
現場でのOJTも、基本は例年と同様だ。各課で半年間の育成計画書を作成し、OJTが中心となってPDCAを回していく。またメンターは1~2カ月に一度のペースで新入社員と面談し、レポートを提出する。人材開発課は計画書やレポートの内容から、状況に応じてフォローに入る。
「OJTの具体的な進め方は配属先にお任せしています。部署によっては新入社員とOJT担当でオフィスへの出勤日を揃え、その日は前日までの振り返りと次の出社日に向けた課題を設定して仕事のサイクルを一定化する、リモートワークでも音声チャットをつなぐ時間帯を決め、その間は自由に声をかけられるようにするなど、それぞれで工夫が見られました」
例年と異なる形での新人育成となったが、今のところマイナスな影響は出ていないという(2020年12月現在)。研修期間終了後に実施しているアンケート調査や、新入社員と上司、OJT担当、メンターを対象としたヒアリング調査でも、例年と大きな違いは見られなかった。テレワークが要因となって適応面でブレーキがかかってしまったという報告もないという。
おそらく数年がかりで築き上げた新人育成の原型が完成されており、現場にも浸透しているのだろう。感染症の影響や働き方の変革により、新人に養うべきスキルやマインドセットが変わったわけではない。調整すべきはコミュニケーション手法であり、同社は要点を押さえた対策ができていたということだ。
「もちろん、課題がないわけではありません。配属日に新入社員と改めて対面したとき、オンライン上で受ける印象とは雰囲気の違う社員もいました。そのこと自体が、よい・悪いという判断は別として、そうした事実があることを意識しておく必要はあるでしょう。
また新人育成に限った話ではありませんが、リモートワークでは部下の様子がわからなくて不安だというマネジャーもいます。これまで同じ場で働いていたことで、感覚的にマネジメントしていた人などは、うまく対応できていないのでしょう。その点は人事制度や人事考課でサポートできたらと思案中です。その他にも、毎年行っている全社サーベイの結果をもとに、部門で話し合う機会を後押ししています。メンバー同士が率直に話し合い、改善につながることを期待しています」
今後もしばらくは感染症対策が必要とされ、会社全体でテレワークを推奨していることから、新人研修をはじめとした社内のOff-JTは、次年度以降もオンライン主体で検討しているという。
「ただし、一律ですべてオンライン実施を前提とするつもりはありません。うまく使い分け、効果を最大化できたらと考えています」
オンラインと対面、その使い分けのポイントはどこにあるのだろう。
「入社2・3年目、5年目、10年目を対象とした「節目研修」と呼ばれるキャリア研修は、今年の様子から、オンラインのほうが内省を効果的に行えると見ています。自身のこれまでを率直に振り返るには、カメラやスピーカーをオフにして周りの目をシャットアウトし、自室で行うほうが集中できるようです。
一方、新規事業創出など多様性の高いチームで進めるようなものは、リアルな場で意見をぶつけ合いながらのほうが、参加者の個性が発揮され、高いレベルのインサイトやアイデアの飛躍につながると感じています。
また、技術系の研修でも、内容によってはオンラインと対面をミックスしたプログラムにできればと考えているところです」
要は、“オンラインか対面か”という二項対立で捉えるのではなく、それぞれの特色や持ち味を活かす設計が重要ということだ。
人材開発課では今年度の育成施策を振り返り、急なオンライン化により突貫的な対応になってしまったところは次年度に向けて着実に補強し、ヒアリングなどを通じ現場から得たアイデアは、集約してフィードバックを図る予定だという。またマネジャー層に向け、オンラインマネジメントのナレッジの強化や、共有しあえる仕組みをつくることも検討中だ。
一方、2020年入社の社員に対しては、例年12月から1月にかけて実施している新人フォロー研修の中で、ヒアリングした配属後の状況・課題を踏まえた手直しを行う程度に留める。
「オンラインになったからといって、育成の遅れや現場への支障が生じているわけではないので、改めて例年と比べて特別なことをする予定はありません。入社2年目以降もビジネススキルやエンジニアスキル向上のための研修を受講できますし、なかには2年目でOJTやメンターになり、そこで研修を受けるケースもあります。新人研修がすべてではなく、それぞれに応じた成長機会を提供することに注力していく考えです」
こうした体系的な教育構造を考える澤田氏は、一連のオンライン化を通じ、人材開発の可能性と同時に高度化を実感したという。少なくともこれからの育成のあり方について、思案する時間は確実に増えた。
「オンラインが一般化したことは、場所と時間の制約から解放される意味で、教育手段に幅をもたらしました。同時に今まで以上に、目的と期待する効果を講座設計の段階で、より明確にしていく必要が出てきましたね。言い換えれば、画一的なプログラムや単発的な研修に、頼ることができなくなったということ。これまでなら枠の中の充実を図ればよかったのですが、今後は枠組みそのものを考えなければなりません。限られたリソースで、いかに多様なニーズに応えていくか。難しいところですが、新しいチャレンジと捉えています」
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[取材]=編集部 [文]=田邉泰子
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