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2018年09月28日

『Learning Design』関連記事
(09-10月号連載「議論白熱」拡大版)

為末大さんに聞いた
おもてなしの限界と可能性とは?

聞き手・構成/編集部
写真/宇佐見 利明
「期待しあうこと」の息苦しさ

―為末さんはグローバルな舞台で戦ってきた日本人アスリートであり、現在もブータンのスポーツ親善大使を務めるなど、国境を越えて活躍されています。その為末さんから見て、働き方改革が進む一方、「おもてなし」が美徳とされる日本はどう映りますか。

五輪招致で「おもてなし」が話題になったとき、納得しつつも、「日本人はどこまで疲弊してしまうんだろう」と少し不安になりました。「完璧なこの国をより完璧に管理しましょう」とダメ押しされている気がしたからです。

海外に行くと、日本って世界一、整理整頓されている国だなあとつくづく思います。電車は時刻表通りに到着するし、よその会社を訪問するときのマナーもきっちり決まっている。誰もが周囲を慮り、他人に迷惑をかける身勝手な行動はとらない。

先日も、羽田発の飛行機で隣合わせたオーストラリア人が、「日本人ってすごいよね」と驚いていました。「みんなマスクしてたけど、あれって風邪を伝染さないようにっていう、他人への配慮なんでしょ」と。

ですが、そもそも他人を慮ることが当然とされている社会は、私たちにとって生きやすいのでしょうか。もちろん心地いいときもありますが、心に余裕がないときはちょっとしんどい感じがします。

―たしかに息苦しいときもありますね。

暗黙のうちに配慮を期待されますからね。例えば温泉旅館などで仲居さんに渡す“心づけ”は、部屋に通されたときに渡すのが一般的です。これに対し、海外ではサービスされたらチップを払う。つまり、心づけは“期待”の表れですが、チップは“評価”であり、金銭的な報酬です。期待を察してより良いサービスするのと、評価されるからより良いサービスをするのとでは、大きく違います。また、ヨーロッパの5つ星ホテルは従業員の給与水準自体も高いと聞きます。生活に余裕があるからこそ、サービスにフォーカスできるというわけです。

ところが日本では評価、待遇と関係なく、他人に尽くすことが求められる。経済が右肩上がりで将来に希望が持てた時代なら別ですが、見返りもないのに個人の善意で頑張れといわれても限界がありそうです。仕事でお客様や上司に気を遣ってイライラした挙句、居酒屋に行って店員に暴言を吐く――という具合に、ストレスがたらいまわしにされてしまう心配も出てきますよね。

―背景には日本独特の根性論もありそうです。

たしかにありますね。「練習時間が3時間じゃ足りない」ということになったとき、海外のチームは「どのトレーニングがムダなんだろう」と議論するのに、日本のチームは「じゃあ4時間に延長しよう」と言い出す。おもてなしについても同じものを感じます。くたくたの人にキャパシティを無視してサービスを無理強いすれば、感情疲労を起こしてしまうのではないでしょうか。

なお、アスリートの世界では、長時間にわたるトレーニングはあまり意味がないとされています。練習を始めて60分か90分で目標の90%に到達してしまうからです。私は90%までいったら練習をやめ、身体を休めたほうがいいと考えますが、最後の10%で勝敗が決まると考える人もいる。おもてなしが重視される今の日本は、10%を詰める社会になっているのかもしれませんね。

イノベーションはカオスとリラックスの中から生まれる

―生産性や競争力を上げる必要はあるけど、それがイコール残り10%を詰めることではない?

働き方改革の本質って、おもてなしの発想とは真逆で「もうちょっと自分本位になりませんか」ということでしょう? たまには、「今日は疲れたし、家で子どもと遊びたいからもう帰ろう」という日があっていい。でもそれがなかなかできないのが日本人です。

クールビズがあまり広がらなかったのは、みんなが相手を慮る癖をやめられないせいですよね。真夏にきっちりネクタイを締めていたら暑くてつらいけれど、失礼になるくらいなら、いっそ自分が苦しいほうがいいと。

だけど、みんなが周囲に過剰に気を遣っている状態で、生産性を上げられるはずはありません。「イノベーションはカオスとリラックスの中から生まれる」というのが僕の意見です。ちょっと雑然とした場所で、かつメンバーが言いたいことを言い合える状態でないと。本音ベースでコミュニケーションできるアメリカ人なんかはいいですけど、日本人は一回、鎧を脱ぐという儀式が必要なんです。かつての日本企業のイノベーションって案外、タバコ部屋と居酒屋で生まれていたんじゃないか、という気がします。絶対、会議室じゃない(笑)。

うちのオフィスってキッチンもあって、家なんだか職場なんだかよくわからない空気感なんです。 だからちゃんとした格好でこられたお客様も、2、3時間いると上着を脱ぎ始める。でも、こういう環境でディスカッションするとやっぱり質がいいんです。冬はこたつがあるくらいでちょうどいい気がするな。

―いかにもまったりできそうな雰囲気です。日本人はもっと緩くなったほうがいい?

そうそう。だから今、声を大にして言いたいことが2つあるんです。

1つは「小さい国になるのも悪くないんじゃない?」ということ。今の僕らって、縮小していくものを無理やり大きくしようとしてるじゃないですか。そうじゃなくて、小さくてもきらりと光る存在になればいいと思う。たとえばブータンがそうですけど、小国には小国の生きかたがあるはずです。

もうひとつは「ガチガチの管理主義から脱して、もっとゆるやかに生きようよ」ですね。とくに現代は社会の目がますます厳しくなっていますから。メディアの突っ込みもあるし、何かといえばSNSですぐ拡散されてしまう。職場によくいる、重箱の隅をつつくタイプのおじさんもよくないよね。世慣れていないまじめな若者は、全部真に受けちゃうから苦しいと思いますよ。

大量生産していた経済成長期には全員で規律を守ることが必要とされたけど、これからの時代は個人が輝いていなければ。それには人が人にもっと寛容にならないとダメですよね。おもてなしのあるホテルも素敵だけれど、無愛想な店主のいる食堂も味があるな、と思える。そうなれたら、日本はもっと魅力的な国に変われる気がするんですよね。

為末大(ためすえ だい)

1978年広島県生まれ。スプリント種目の世界大会で日本人として初のメダル獲得者。男子400メートルハードルの日本記録保持者(2018年7月現在)。現在は、Sports×Technologyに関するプロジェクトを行う株式会社Deportare Partnersの代表を務める。新豊洲Brilliaランニングスタジアム館長。主な著作に『走る哲学』(扶桑社)、『諦める力』(プレジデント社)など。

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