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米国の人材・組織開発の専門組織ATD(タレント開発協会)の日本支部ATD-IMNJより、5月にカリフォルニアで行われたカンファレンス「ATD-ICE2018」より、新潮流をレポートします(『Learning Design』で連載中の『Learning Report from ATD』の詳細版です)。前回記事では基調講演について解説しました(こちら)。
今大会で最も論じられたイシューは、テクノロジーがもたらす未来に向けた人々の学習と成長の支援の在り方だったと思います。ATD議長のテラ・ディーキン氏はATDの75年の歴史を産業と労働の変化への対応の歴史として紹介しつつ、今日我々が直面しているデジタル・トランスフォーメーション、すなわちAIやロボット、マシンラーニングによる知的労働の自動化がもたらすであろう世界と、そこでの人間の労働の在り方についての予測を紹介し、変化を恐れるのではなく、テクノロジーとともに成功を獲得していくために「Reskilling for 2030(2030年の世界にむけた再教育)」というスローガンを提示しました。
そして、大会を構成する300強の教育セッションでもこのデジタル・トランスフォーメーションへの言及は多く見られました。「M306:Learning in the Age of Immediacy: How the Digital Transformation Transforms Training(即時性の時代の学習:デジタル変換がどのようにトレーニングを変えるか)」というセッションでは、67%のCEOがAIやマシンラーニングへの投資を決定している一方で、従業員のReskill(再教育)への投資を決めているのは3%に過ぎず、L&D(Learning & Development部門)はこの状況に警鐘を鳴らして変革に向けた主導をすべきだという主張がなされていました。
また、SU208:Data From More Than 25,000 Leaders Reveals Why Digital Transformation Fails(25,000人のリーダーに訊きました:なぜデジタル移行は失敗するのか)」では、大規模な調査をもとに、デジタル時代に成功する企業のリーダーシップの在り方について様々な角度から論じられていました。
教育セッションは15のトラックに分かれていましたが、今大会はどのトラックにおいても“従来の考え方を見直さなければならない”というメッセージが多かった印象があります。背景には先述したテクノロジーの進化の他、人口動態変化、労働のモビリティ化、学習者の変化、そして脳科学の進展等があります。
セッション数が最も多かった「リーダーシップ開発」のトラックでは、リーダーシップを個人の能力からではなく集団のプロセスから見る方向へのシフトが見られました。不確実性と複雑性の世界では、1人の優れたリーダーではなく、組織における生産的な相互作用こそが重要であり、そうした優れたプロセスを生み出すために「心理的安全性」「無意識のバイアスへの注意」「マインドフルネス」「オーセンティシティ(自分らしさ)」などのトピックが目立ちました。
例えば「M109:T.R.I.B.E.: A Model for Managing Biases and Building Psychological Safety(T.R.I.B.E:バイアスを管理し心理的安全性を築くモデル)」では、神経科学の知見から、人が生物学的に持っている無意識のバイアスに対応し、組織の中に心理的安全性を築いていくための方法論が展開されました。
また「SU204:Buddy, Bully, or Boss: The Dark Side of Leadership Behavior(同僚、いじめ、上司:リーダーシップ行動の暗黒面)」では、リーダーの機能不全行動をリーダー自身に帰属する要因だけでなく、組織の中にある要因との相互作用から考えるべきだとし、Respect(尊重)のカルチャーの重要性が言及されていました。
これらのセッションからは、これからのリーダーシップの主な役割が、人々を主導することから、「個が生かされる環境づくり」にシフトしてきていることが感じられました。
「TU416:The Future of Leadership: How HR Can Develop Leaders Who Engage and Inspire People to Drive Results(未来型リーダーシップ:社員が結果を出すようエンゲージされ、やる気を持つよう働きかけるリーダーをHRはどう育成できるか)」では、組織の成果を左右するリーダーシップ要因がスキルではなくその人間性(Character)にあるとして、Authenticity(真のその人らしさ)やHumility(謙虚さ)の重要性が強調されていました。
次いでセッションが多かった「学習のテクノロジー」のトラックでは、今年はVRやARといった技術に加えて、eラーニングの新規格である「xAPI」の具体的活用を紹介するセッションが注目を集めていました。xAPIは既に実装段階に入っており、「TU212 - xAPI Geek-Free and Ready to Go(オタクでなくても分かる実践的xAPI)」では、L&D担当者向けに、xAPIを使うと実際にどんなことができるか、どのように導入するとよいかなど具体的な方法が幅広く紹介されていました。
xAPIは従来の提供側主体の学習管理を行うLMSとは全く逆の発想を持つ規格であり、ソーシャルメディアを含め学習者が日常生活であらゆる学習リソースにアクセスするのを促し、その履歴をストレージしてデータ解析と活用に役立てようとするものです。今日、人々の学習の仕方は大きく変化しており、L&D部門や担当者は学習者の視点で学習を見つめ直さなければならないのです。
「eラーニング」という言葉を創作したことで有名なエリオット・メイジー氏は、今年のセッション「TU304:Learning Trends, Disrupters, and Hype in 2018(2018年ラーニングの潮流、混乱させるもの、喧伝されているもの)」で「学習者、学習するもの、学習の仕方の全てが変化してきている」として、今日の学習の特徴を分かりやすく解説するとともに、これからも進化し続けるであろうテクノロジーに対して、L&Dとしてどのように対応していくべきかを論じました。
「インストラクション・デザイン」のトラックでは、これまでの計画的なアプローチから、デザイン思考やアジャイル開発手法を活用した帰納的アプローチを紹介するものが見られました。学習をクラスルームトレーニング(いわゆる集合研修)中心に捉えてきた従来の考え方には強烈な見直しがかかっており、クラスルーム以外の学習機会を含めていかに効果的な学習プロセスを設計していくかが議論の中心となっています。
「M304:Micro-First: A Radical New Way to Design Learning Initiatives(マイクロ・ファースト:ラーニング・イニシアティブの革新的なデザイン方法)」は、そうしたトータルな学習経験の設計の在り方について、今日明らかになっている4つのトレンドから非常に分かりやすく紐解いてくれたセッションでした。マイクロラーニング(適切なサイズのコンテンツの短時間の連続提供)の有効性は様々なエビデンスとともに論じられており、昨年よりもさらに活用が進んできています。エキスポでもマイクロラーニングとそこで活用できるリソースを紹介するブースが一気に増えていましたし、「TU206:Microlearning: What? Why? How?(マイクロラーニング:何が? なぜ? どうやって?」では、3人の実務家が会場の人々からの疑問に答えるというセッションで、「既存の4時間のコースをどうやって8分にするのか?」、「一番コストがかからないリソースはそれか?」といった実際的な質問が次々と発せられ、質疑応答だけで60分のセッションが終了しました。
「トレーニング・デリバリー」のトラックでは、変化する学習者をいかに惹きつけるかがテーマになっています。マイクロラーニングやモバイルラーニングが台頭する中で、いわゆるILT(Instructor Lead Training:講師主導型トレーニング)は減少傾向にありますが、それでもまだ全体の学習機会の49%を占めています。「M218:Achieving Maximum Retention: Brain-Based Principles for the Virtual Classroom(最大のリテンションを得るには:バーチャル・クラスルームの脳科学的原則)では、神経科学の知見を踏まえて、記憶に残るブレンディッドラーニング(様々な学習リソースを融合した学習手法)を設計するためのテクニックが紹介されました。
「キャリア・ディベロップメント」ではこれまでのキャリア開発のように、過去からの延長線の中で階段的にキャリアを考えられた時代が終わり、人生100年時代を踏まえたキャリアモビリティを開発する必要性が論じられています。たとえば、「SU215:Recalculating Your Destination: Why Career Development Needs a GPS(あなたの目的地を再計算する:キャリア開発にGPSが必要な理由)」では、不確実性の高い今日の世界においては、「キャリア・ディベロップメント」から「キャリア・フォーサイト(キャリアの展望開発)」にシフトしていく必要性が語られています。
そして、近年注目を集めている「学習の科学」のトラックでは、単に神経科学における発見の紹介ではなく、心理学、行動科学も含めた総合的な知見を活かした、包括的な組織行動変容の方法が探求されるようになっています。
昨年、「チームの神経科学」というセッションで好評だったブリット・アンドレッタ氏は、今年、「M106:Wired to Become: The Neuroscience of Purpose(人間の天性はPurpose(目的)を追うこと:パーパスの神経科学)」というセッションを行い、「情報の経済(Information economy)」から「目的の経済(Purpose economy)」に移行する世界における組織の在り方の変化と、そこで「パーパス」がもたらす様々な効用を哲学、心理学、行動科学、そして神経科学と多方面にわたる研究を引用しつつ紹介してくれました。500名以上が入れる広い会場は満席となり、参加者の関心の高さを感じさせました。
以上、今大会の特徴を基調講演と教育セッションから振り返りました。次号以降では、注目すべきいくつかのテーマにフォーカスして探求を深めていきたいと思います。
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