第3回 組織の劣化に気づけるか 島貫智行氏 中央大学大学院 戦略経営研究科 教授
島貫智行氏
「人事戦略や人事施策の構想のためには、それらのベースにあるコンセプトの理解が欠かせません」――。中央大学大学院の島貫智行教授は、そう語る。組織と人材のマネジメントにおける基本的な考え方を理解していれば、自社の人事施策を再点検する際も、先進企業の人事戦略を読み解く際も有益になる。そこで本連載では、今日の人事戦略において重要なコンセプトについて、全4回にわたり島貫教授に寄稿いただく。
第3回は、問題が顕在化する前の組織の静かな劣化をいち早く察知するための5つのコンセプトと、それを踏まえた組織健全性回復の視座について解説する。
「問題が起きていない」が健全であるとは限らない
企業の人事課題は拡張し続けている。エンゲージメント向上やリスキリング、キャリア採用など多岐にわたるが、なかでも重要性を増しているのが、不正や不祥事への対応である。これらは一部の従業員による行為であっても、従業員や顧客、投資家などのステークホルダーの信頼を損ない、ブランド価値を毀損し、経営に深刻な影響を及ぼす。それゆえ経営者や人事部門には、その発生を未然に防ぐためのガバナンスの強化やインセンティブ設計の見直し、さらには組織文化の改革が求められている。
しかし、ここで見落としてはならないのは、不正や不祥事はあくまで顕在化した結果にすぎないという点である。問題の核心は、その背後で組織の倫理判断や意思決定、協働といった基盤が静かに弱体化していることにある。すなわち、組織の劣化である。
この劣化は、不祥事を起こした企業に限らない。高業績を維持している企業や、大きな混乱が見られない組織にも同様に生じる。違いは、問題が表面化しているかどうかにすぎない。
したがって問うべきは、「問題が起きたかどうか」ではない。問題が起きていないことが必ずしも組織の健全性を意味しないという認識である。むしろ、問題が表面化していない組織ほど、内部の異変は見過ごされやすい点に注意が必要だ。
今回は、組織の状態を診断するための5つのコンセプトを提示する。これらは、組織の劣化を早期に捉えるための実践的な視点である。
❶リーダーシップの機能不全 破壊的リーダーシップ
まず注目すべきは、管理者のリーダーシップである。これまで、変革型やサーバント型など望ましいリーダーシップが数多く論じられてきた。しかし、組織の状態を診断するうえで見るべきは理想像ではなく、現実にどのような負の影響を及ぼしているかである。その観点から重要になるのが、破壊的リーダーシップ(destructiveleadership)である。
破壊的リーダーシップとは、組織の正当な利益やメンバーの福祉を損なう行動を指す。単なる一時的な失敗ではなく、反復・継続して悪影響を及ぼす点に特徴がある。留意すべきは、こうした行動が、組織運営に課題のある管理者に限らないことである。成果を出している管理者や、一見部下思いに見える管理者であっても、組織を劣化させてしまう。

この問題は、「組織志向性」と「部下志向性」の2軸で整理すると理解しやすい(図1)。組織志向性とは、組織目標の達成や業務の有効性にどれだけ資する行動かを指す。部下志向性とは、部下の動機づけやウェルビーイング、職務満足にどのような影響を与えるかである。両者がともに高い「建設的リーダーシップ(constructive leadership)」のみが健全であり、以下の3類型はその対比として位置づけられる。
第1は、「暴君的リーダーシップ(tyrannical leadership)」である。組織志向性は高いが部下志向性が低く、成果は出すが部下を犠牲にするリーダーシップである。抑圧的・攻撃的に振る舞い、恐怖管理や過度な監視、侮辱やハラスメントなどが典型である。短期的には高業績を生む場合もあるが、部下の動機づけやウェルビーイングを損ない、燃え尽きや離脱を招きやすい。
第2は、「支援的―― 不忠誠的リーダーシップ(supportive–disloyalleadership)」、言い換えれば「部下支援偏重的リーダーシップ」である。部下志向性は高いが組織志向性が低く、部下には配慮する一方で、組織の基準や実行力を損なう。過度な便宜供与や規律の緩和、問題行動の黙認などがその典型である。多くは悪意ではなく善意や価値観に基づくため支持されやすいが、その結果、組織成果を十分に発揮できなくなる。
第3は、「逸脱的リーダーシップ(derailed leadership)」である。組織志向性・部下志向性のいずれも低く、ハラスメントや侮辱といった対人面の不適切行動に加え、無責任な意思決定や一貫性のない指示、問題の放置など、組織利益に反する行動をとる。管理者としての役割から外れている状態である。
逸脱型の深刻さは明白である。しかし、実務上より注意すべきは、暴君型と部下支援偏重型である。

