No.01 「豊かな言葉」の獲得が実現させるすべてを丁寧に伝える指導法 鴻上尚史氏 劇作家・演出家|中原 淳氏 立教大学 経営学部 教授
人は誰しも指導者になる。これは講師やマネジャーに限った話ではない。
組織で働く人であれば、一度は人を育て、チームを育む指導的役割を担う機会が訪れる。
本連載では人の成長に寄与し、豊かな成長環境を築くプロ指導者たちに、中原淳教授がインタビュー。第1回、第2回は数多くの俳優に演技指導を行う劇作家・演出家の鴻上尚史さんにお話を伺った。
[取材・文]=井上 佐保子 [写真]=山下裕之
劇団「第三舞台」での実験的な日々
中原
一般的に俳優さんへの演技指導というものはどのように行われているものなのでしょうか?
鴻上
日本における演技指導というのは少々特殊で、劇団が主にその役割を担ってきました。それぞれの劇団に演出家がいて、その人が「これが演劇だ」と思うやり方を伝えていったのです。一方、欧米は基本的には演劇学校が主体で、様々な演技論を集めて教えています。
中原
なるほど。鴻上さんは大学時代に仲間と共に劇団「第三舞台」を結成されていますが、演出家として、当時はどのように演技指導をされていたのですか?
鴻上
それはもう単純で、自分たちが見たいと思う作品を作るためには、どんな演技をしたらいいかっていうことをただ一生懸命やっていただけです。劇団の立ち上げ時は学生で時間もたくさんあったので、いろんな「実験」を繰り返していました。たとえば、他の劇団で楽しくなさそうなのに笑っている嘘くさい演技を観たときには、「今日はみんな舞台の上で本当に笑うっていうのをやってみよう」と、みんなが知っているジョークを言い合うゲームをやってみたり、エチュードでシチュエーションを演じてみたりしていたわけです。
中原
仲間同士、いろいろ試しながら進めていくような感覚だったわけですね。「実験」という言葉がとても印象的です。
鴻上
ですが、これが老舗の劇団に入るとそうはいきません。偉い演出家がいて、演出家の指導を受けて、その演技がジャッジされる……といった形になります。僕がラッキーだったのは、演出家と俳優の年齢がほとんど変わらなかったこと。同年代だったので、俳優が僕の書いたものに対して、平気で「つまんない」と言ってきたりするので、そこですごく鍛えられました。
中原
時間をかけて互いにフィードバックし合いながら創り上げていく、といった感じで、皆で「実験」を繰り返していたのですね。
鴻上
そうです。ただ、ある年代になってきたころから劇団の俳優がテレビや商業演劇などによばれるようになってきて、仲間内だけでやっていると俳優たちが現場で苦労するかもしれない、と思うようになりました。そこで、演劇指導の原点を探っていくと、「スタニスラフスキー・システム」というロシアの演出家が体系づけた方法が、一番応用が利きそうだったので取り入れ、今でもそれをもとに指導しています。