第32回 誠実な「準備」の積み重ねが“女性初”の未来を切り拓いていく 山下良美氏 サッカープロフェッショナルレフェリー/国際審判員
2021年、Jリーグ初の女性主審となり話題をよんだ国際審判員の山下良美氏。
今夏行われた女子ワールドカップでは日本人女性として初めて開幕戦の主審を担当するなど、活躍を続ける山下氏の仕事との向き合い方、サッカーへの想いとは。
[取材・文]=平林謙治 [写真]=山下裕之
忘れられないW杯の特別な感動
―― 昨年開催されたサッカーのW杯カタール大会の審判団に、日本から男女通じてただ1人選ばれました。決まったときの率直なご感想は?
山下良美氏(以下、敬称略)
「驚き」という言葉は本来使っちゃいけないと思うんです。審判員全員がそこを目指しているわけですから。でも、舞台が舞台だけに、正直驚きはありましたし、同時に責任の重さものしかかってきました。私がW杯史上初の女性審判の1人に選ばれたのは、多くの先輩が積み上げてきた歴史と信頼のおかげ。それを潰してはいけないというプレッシャーは、やはり強かったですね。
―― 女性審判が男子のW杯で初めて主審を任される快挙もありましたね。
山下
フランス人のステファニー・フラパールさんですね。よく知っている仲間だし、他の国際大会でもずっと一緒にやってきたので、割り当てが決まったときは自分のことのようにうれしくて。心から「おめでとう」と伝えましたよ。
―― 山下さん自身はグループリーグのベルギー-カナダ戦など6試合で第4審判を担当しました。
山下
初めてフィールドに足を踏み入れた瞬間の感動は忘れられません。五感のすべてが鋭くなるというか、見えるものだけでなく、音や匂い、熱気、振動、選手の気迫など、いろいろなものが自分の奥へとずんずん突き刺さるような、そういう感覚を味わいました。やっぱりW杯という場所は違うな、特別なんだなと実感しましたね。
予測の大切さ、裏切られる醍醐味
―― すごい選手たちを“特等席”で見るわけですが、審判をしながら、試合内容やプレーに感動してしまうことはありませんか。
山下
私はほぼ毎試合ありますね。審判員は次に何が起こるか、常に予測して動くんです。たとえば来たボールを選手がどうコントロールしてどこへどんなパスを出すか、それを相手がどう守るのか、試合の流れや一つひとつのプレーの先を読んで、自分が見やすい最適なポジションをとるようにしています。その予測を超えるというか、見事に裏切られる瞬間がある。これには毎回感動させられますよ。審判ならではの醍醐味じゃないでしょうか。