Vol.6 特別編 佐宗邦威氏・田中 弦氏と考える「人的資本経営がつくる創造する組織」─セミナーレポート(前編)─ 田中 弦氏 Unipos 代表取締役社長 CEO|佐宗邦威氏 戦略デザインファーム BIOTOPE CEO / Chief Strategic Designer
人的資本経営の重要性が増しているいま、新たな組織の形が求められている。
人事はどのように、価値を生み出す人・組織をつくるべきか。
第6回は特別編として、統合報告書の読み解きと分析を行うUnipos代表の田中弦氏をお招きし、2023年5月に開催されたオンラインセミナー「人的資本経営がつくる創造する組織」のレポートを2号に分けてお届けする。
[取材・文]=菊池壯太 [写真]=佐宗邦威氏、田中 弦氏提供
経営モデルが変革するなかで必要な考え方とは
経営モデルそのものの変革が必要な人的資本経営においては、経営、組織、商材、働き方という、大きく分けて4つのレイヤーから考えていく必要があります。
まず、経営のレイヤーでは株主利益の最大化のためのESG投資などとともに、社会的な意義の最大化が必要とされるようになってきています。また、これまで組織においてトップダウンで進めてきたことも、テレワークの普及等もあってフラットで自律分散型なものに変わりつつあります。商材はDX化が進み、働き方もロジックからクリエイティブへと移り変わるなか、新しいアイデアや知恵を生み出すこと自体が重要視されるようになっています。
また、ユーザー目線では、エシカルや応援消費、サブスクリプションといったビジネスモデルも生まれているなかで、社会に少しでも貢献して、なおかつ自分が良いと思える商品を提供している企業であれば、プレミアムを払ってでも応援する傾向が顕著になっています。さらに、1社だけでは解決できない課題に対し、同じ価値観を持つ企業同士が協働することで新たな価値を生み出すような動きも注目されています。株主は、ただ内部留保を持っているだけではなく投資してほしいと考えますが、ESG投資的な考え方など長期的な視点が求められています。
一般社員の目線では、自律的な働き方が広がったり副業が少しずつ許容されたりしていくなかで、自身が担う仕事が社会の役に立っていることを実感したいという声も増えています。
このような時代は、経営者にとってかなり大変です。仕事に意義がないと思われてしまうと若手は辞めてしまうし、頑張って利益を上げたとしても、それだけでは「強欲だ」と思われそうな空気すらある。ですから、経営そのものを考え直す必要がありそうです(図1)。
これまでは「自分たちのサービスがどんな価値を生み出すのか」を伝えていく戦略はとても重要でした。しかし、より情報が増え、ネットワーク化された昨今では、サービス・広告も含めた商品の世界観を直感的に訴えかけることも必要です。また、自分たちは何者で、どこに向かっているのかという「意味」を語り続けること自体が、経営として重要になってきています。このことは、組織行動学者のカール・ワイクが提唱するセンスメイキング理論によって裏付けられています(図2)。これは、不確実な環境に対して、いま何が起こっていて、自分たちは何者で、どこに向かっているのかという意味づけを集約させることをさします。「意味」を自分たちのなかで語り続けること自体が、経営としては重要になってきているのです。
創造する組織に求められる力
軍隊のように人を囲い込んで1つの方向性に集中させ短期的に成果を出すという産業革命モデルから、ミッション・ビジョン・バリューをベースに、それに共感した人を呼び込んでいく情報革命モデルへと経営が変わりつつあります。
産業革命モデルでは、市場に対してはたくさんの商品を供給し、競合に対しては空白のポジションをうまく見つけ、そこで戦略を立てていました。そして、選択と集中により市場を支配し、オペレーションの効率を上げ、利益を生み出していました。たとえばメーカーは、こういった構造で成り立っているモデルの典型だったといえるでしょう。しかし、情報がすべてネットワークでつながり、DXが進んだ情報革命モデルの社会では、市場がどこにあるのかさえ明確ではない。むしろ、ミッションやバリューをもとに発信し、それに対して共感したユーザーやパートナーと価値共創をしていく。つまり自分たちのミッションやバリューに根差した野心的なビジョンを発信することで、外部の知と社内のインフラをうまく掛け合わせた新しい知恵が生まれる。こうした力が求められているのです。