Vol.5 人を中心に、“世の中の体温をあげる”エコシステムを構築 松尾真継氏 スープストックトーキョー 代表取締役社長|佐宗邦威氏 戦略デザインファーム BIOTOPE CEO / Chief Strategic Designer
人的資本経営の重要性が増しているいま、新たな組織の形が求められている。
人事はどのように、価値を生み出す人・組織をつくるべきか。
第5回のゲストであるスープストックトーキョーは、人的資本経営がさけばれる以前より、“人”を中心に据えた経営をしてきた。
佐宗邦威氏と共に、「人的資本経営」を実現する組織と個人の在り方を探る。
[取材・文]=村上 敬 [写真]=小林 淳
世の中の体温をあげるためにスープをつくる
佐宗
私は、人が新しい価値を創造する組織にするために会社は何をすべきかということに人的資本経営の本質があると考えています。スープストックトーキョーはもともとスマイルズの一事業から分社して誕生した会社です。スマイルズは人が価値をつくる事業をされているので、スープストックトーキョーもそのDNAを引き継いでいるでしょう。一方、スープの販売はサービス業です。オペレーションをしっかり回していかなくてはいけないなかで、どうやって人の価値を引き出していくのか。今日はそこを松尾さんに伺いたくて来ました。
松尾
僕らは自分たちのことをスープ屋さんや飲食店とは捉えていません。根幹にあるのは「世の中の体温をあげる」という経営理念です。スープ屋さんという体裁は取っていますが、スープシェアナンバーワンになることを目指しているのではなく、理念を実現するためにスープをつくっておもてなしをしています。
佐宗
素敵な経営理念ですね。どうやって生まれたのですか。
松尾
スープストックトーキョー1号店のオープンは1999年で、創業者の遠山正道がスマイルズを立ち上げたのが2000年です。リサイクルショップやネクタイ屋、ファミレスなど、既存の産業に自分たちらしい切り口でブランディングをすることで新しい価値の提案をしてきました。
多角化が進む過程で、とにかく新しいことを生み出さなければいけないという意識の人が増えてきた一方で、スープストックトーキョー事業のメンバーには「新規事業ではなくスープが好きで入社したのに」「コツコツと積み上げていく私のようなタイプは不要なの?」と感じる人もいる。そこはチームを分けた方がいいと考え、2016年に分社して私が社長に就任しました。
とはいえ、やはり「スープ頑張るぞ」を理念にするつもりはありませんでした。当時、とても印象的なメールをお客様からいただいたことを覚えています。件名は「朝の接客で泣きそうになった」。普段は「スープがおいしかった」「どこどこに出店してください」といったメールが多いので、おやっと思って開いてみると、そのお客様はわたくし事でいっぱいいっぱいになってしまい、スープストックトーキョーの店員に少し悪い態度を取ってしまったのだとか。ところが店員は丁寧に対応したうえに、気持ちを察してくれたように「本日も素敵な一日を!」と声をかけてきて、お客様は人に八つ当たりをしている自分が恥ずかしくなったそうです。メールは「また元気をもらいに行きます」と結ばれていました。それを読んで、自分たちの価値はお客様の心の体温をあげることにあると再認識して、理念を「世の中の体温をあげる」に決めました。
何のために七草粥を提供するのか
佐宗
社員のみなさんにはすんなり浸透したのですか。
松尾
分社直前の経営会議が印象に残っています。スープストックトーキョーでは毎年1月7日に七草粥を提供していますが、ある社員が「今年は少し余ったので来年は減らします」と議案をあげたんです。ロスが出ないように在庫調整するのは当たり前のことで、僕も異論はありません。しかし、「世の中の体温をあげる」と決めたばかりなのに、その観点からの議論が何もないことに疑問を持ちましてね。「去年やったから今年もやるっていうけど、そもそも七草粥を何のために提供するのか」とみんなに問い掛けました。ある社員はググって「ある地域では出世を祝うためだそうです」と言う。でも、「僕たちは、お客様の出世を祝ってるの?」と。