「博士課程修了生の採用に関するアンケート調査」から考える 博士人材の活躍に必要な組織と個人の在り方 加藤修三氏 東北大学 名誉教授/マイクロシステム融合研究開発センター シニア・リサーチ・フェロー 他
人的資本経営の実現には、「事業戦略と人材戦略の連動」が欠かせない。
『人材版伊藤レポート』にも記された具体的なアクションの1つ、「動的な人材ポートフォリオ計画の策定と運用」のなかには「博士人材等の専門人材の積極的な採用」が掲げられている。
企業には今、高度な専門性と、自ら課題を設定し解決する独自の構想力を持つ人材が求められているのだ。
一方で、日本における博士人材の採用と定着には、いまだ多くの課題が残る。
そこで、東北大学博士人材育成ユニットにおいて長年、博士課程学生・ポスドクのキャリアサポートを行ってきた加藤修三氏と、加藤氏と共に博士課程修了生への期待に関する調査を行った日本能率協会コンサルティングに、日本における博士人材の定着や育成について話を聞いた。
[取材・文]=平林謙治 [写真]=加藤修三氏、JMAC提供
「大学卒」で採用時にスキルがあるのは博士だけ
―― 博士課程修了者の採用について、広く企業に意見を求めるアンケート調査を実施されました。なぜ「博士人材」に特化したのか。まず調査の背景や狙いから教えてください。
加藤
学士も修士も、そして博士も、現在の日本の採用市場では、なぜか「大学卒」とひとくくりにして扱われるのが普通です。たとえば、2006年に経済産業省が社会で働くうえで欠かせない資質として「社会人基礎力」を提唱し、大学教育にその醸成を促しました。しかし、その調査報告書は学士卒、修士課程・博士課程修了をひとくくりに「大学卒」と見なし、博士人材に求められる固有の要求条件を明確にしていません。また一昨年、経団連が公表した「採用と大学改革への期待に関するアンケート結果」でも、同様に博士人材は区別されず、あくまで「大学卒」の扱いです。
では、なぜ博士人材のみ区別する必要があるのか。それは、博士人材と大卒者には明確な違いがあるからです。大学卒とひとくくりにされるなか、卒業よりも1年以上早い、就職面接時までに自ら誇れる専門的な技術(スキル)が身につくのは、博士人材だけ。学士・修士はその時点で、そのレベルのスキルはまず身についていません。だから、「社会人基礎力」を見ていくしかない。
そもそも欧米は「ジョブ型採用」なので、主張できるスキルがないと就職は難しい状況ですが、専門性の高い博士人材なら「ジョブ型採用」での就職も可能。海外で優遇される可能性も高いわけです。翻って日本では先述のとおり、学士・修士と一緒くたにしてきたので、産業界が博士人材に求める人物像や、博士だからこそ期待する要素は何なのか、まだ明確になっていません。そこを特定するのが、博士のみに着目して調査を行った第1の理由です。
石塚
「博士人材の活用」といっても、具体的に企業はどんな形での活躍を望んでいるのか、期待やイメージに対して実態はどうなのか、といったところに私自身も関心を持っていました。また、加藤先生から「社会人基礎力」の話が出ましたが、組織で仕事を進める以上、確かにチームワークやコミュニケーションは当然必要になってくるでしょう。しかし、「大学卒」とひとくくりにして、スキルを持つ博士人材にも学士・修士と同じような基準を満たすことを求めているのではないか。そんな疑問もありましたので、実態をつかめればと本調査に臨みました。
企業に変化、博士の採用は10年で約2割増加
加藤
本調査を企画した理由はもう1つあります。近年、企業が博士を採用する数が増えていることです。2022年夏の報道によれば、2021年3月時点までの10年間で採用者数は約2割増加しました。博士人材のキャリア構築に、企業が大きな役割を果たすようになってきたといっていいでしょう。だからこそ、企業の意思を明確にしておく必要があると考えたのです。
―― ということは、以前はそうではなかったと……。
野田
かねて「博士人材の活用」が世間で喧伝されていましたが、日頃企業と接している私の肌感としては正直、ピンときていませんでした。現場の実態と少し異なる気がします。もちろん博士人材の方とお会いすることも少なくないのですが、単に採用した人がたまたま博士だったというだけで、従来は企業側があえて博士人材に絞って人材を探すということ自体、それほど多くなかったのではないでしょうか。