Vol.3 手挙げ文化が育てる、価値を生み出す人と組織 丸井グループ | 佐宗邦威氏 戦略デザインファーム BIOTOPE CEO / Chief Strategic Designer
人的資本経営の重要性が増しているいま、新たな組織の形が求められている。人事はどのように、価値を生み出す人・組織をつくるべきか。第3回のゲストは、丸井グループ。「人の成長=企業の成長」を理念に据えた同社は、様々な価値創造を実現している。佐宗邦威氏とともに、「人的資本経営」を実現する組織と個人の在り方を探る。
[取材・文]=村上 敬 [写真]=山下裕之
始まりは、理念の制定と共有
佐宗
丸井グループは、2005年に青井浩さんが代表取締役社長に就任して以降、人的資本経営に力を入れてきたと伺っています。背景にはどのような課題意識があったのでしょうか。
石井
ファッション事業はバブル期以降右肩下がりで、次の事業モデルが見つからない状況が長く続いていました。要因の1つは、上意下達の文化。社員が自主性や自律性を発揮する風土がないことが成長を阻んでいました。青井は創業家の出身なので、1~2年で任期を全うするとは考えておらず、腰を据えて企業文化の変革をしなければ会社がつぶれるという不退転の決意で改革を進めることになりました。
手始めに取り組んだのが、企業理念の制定です。プロジェクトチームで1年かけて議論した結果、2つのタイトルが決まりました。1つは「お客さまのお役に立つために進化し続ける」。そしてもう1つが、「人の成長=企業の成長」です。後者は、人が成長すれば企業が成長し、企業が成長すれば人も成長するという循環が重要だという認識に基づいています。これが私たちの人的資本経営の出発点になります。
佐宗
アパレル小売会社であれば、ファッションに関することを理念に掲げてもおかしくありません。当時まだ人的資本経営という言葉がなかったときに、人を創造のプラットフォームとして捉えたのは素晴らしいですね。将来への余白を残す設定だと感じます。ただ、ユニークな理念ゆえ、社内への浸透にはご苦労があったと想像します。実際のところはいかがでしたか。
石井
対話の場を設けて、私たちはそもそも何のために働いているのか、何をしたくてこの会社に入ったのかといった本質的なところについて深いレベルで話し合いました。今風に言えば、会社のパーパスと個人のパーパスの刷り合わせですね。こうした対話は10年以上にわたって続けられ、ほぼすべての社員が参加しています。
理念の刷り合わせを行った結果、理念に共感できない人が会社を去り、一時的に退職率は上がりました。しかし、その後は理念に対する共感の輪が広がり、退職率は3%前後に低下して安定しています。新入社員に関しても、インターンシップなどを通じて入社前から企業理念の共有が進んだことで、入社3年目までの離職率が20%から11%へ。会社と個人が選び選ばれる関係であるという認識の基盤はできていると思います。
個人の自主性を削がないマネジメントスタイル
佐宗
企業文化を変革するにあたって、具体的にどのような施策に取り組まれたのでしょうか。
石井
私たちが目指す企業文化は、「強制ではなく自主性を」「やらされ感ではなく楽しさを」「上意下達のマネジメントから支援するマネジメントへ」「本業と社会貢献から本業を通じた社会課題の解決へ」「業績の向上から価値の向上へ」というものでした。この変革を進めるため、「企業理念」「対話の文化」「働き方改革」「多様性の推進」「手挙げの文化」「グループ間職種変更異動」「パフォーマンスとバリューの二軸評価」、そして「Well-being」といった施策を同時進行で進めました(図1)。
企業理念については先ほどお話しした通りで、理念を共有する過程で「対話の文化」が醸成されました。かつては一方的な情報共有が普通だったので最初は戸惑いもありましたが、試行錯誤を繰り返して対話のルールを制定しました。たとえばその1つである「安全の場宣言」は、Googleの心理的安全性に通じるところがあります。
佐宗
「手挙げの文化」はいかがですか。