第20回 苦い経験も糧にして継続の先に見える世界を後進に伝える 荒磯寛氏 元横綱・稀勢の里
待望の日本出身横綱の誕生もつかの間、大怪我をして惜しまれながら土俵を去った稀勢の里。
引退後は荒磯親方を襲名し、2021年8月に独立して「荒磯部屋」を設立。
後進の指導に情熱を燃やしている。
そんな荒磯親方が語る大相撲への想い、そして私らしさとは。
時代に合わせ新しい相撲部屋の在り方を研究
――8月に新部屋をスタートされました。ご準備は大変でしたか。
荒磯寛親方(以下、敬称略)
そうですね。ゼロからのスタートだったので大変でした。いろんな人に助けてもらいながら、ようやくスタートにこぎつけたところです。4人の弟子は、序ノ口1人と序二段3人。うち2人はまだ16歳ですから、相撲のことだけでなく世の中のことも教えなくてはいけない。でも手間がかかる分、やりがいも感じています。
――新しい部屋には、「大部屋」をつくらないと聞きました。良い力士を育てるための環境づくりの一環でしょうか。
荒磯
大部屋をつくらないというよりも、プライベートな空間を2、3人の少人数でシェアしてもらおうと思っています。今はまだ筑波大学に間借りしている状態ですが、地元の茨城県阿見町に新設する部屋(2022年5月竣工予定)は、かなり広い敷地を確保できたので、そういった環境が整備できると考えています。
入門してくる弟子たちは、大抵子どものころからずっと個室で育っているので、大部屋での生活にはなじめないはずです。実際に、大部屋での生活になじめずに辞めてしまう人もいますから。もう1つは、体づくりの基礎ともいえる睡眠の質向上のためです。私は引退後に1年間、早稲田大学大学院で、「新しい相撲部屋経営の在り方」というテーマの研究に取り組みました。そこでは、大阪桐蔭高校の野球部にヒアリングをするなど、他のスポーツの事例も参考にしたのですが、学んだことを最大限に生かしたいと思っています。
――稽古にも何か工夫を取り入れているのでしょうか?
荒磯
はい。トレーニング施設といったハード面だけでなく、ソフト面の充実も大切だと思っています。たとえば、今の若い子たちは、私たちの世代とは違って子どものころからYouTubeに親しんでいます。だから、動画で説明したときの入り込み方がまったく違うんです。身振り手振りでいくら説明してもわかってくれなくても、動画を見せるとすぐに理解してくれます。稽古自体は基本の繰り返しですが、こうした細かい対応も重要です。
ただ、今はそういう方向ですが、もしそれが成果に結びつかないようであれば、変えていこうと思っています。なにせスタートしたばかりなので、試行錯誤の繰り返しです。そうしたなかで、自分自身も指導者として成長していく必要性を感じています。