第38回 「自分らしさ」にこだわらず「自由な心」で幸せをつかむ 八木 亜希子氏 フリーアナウンサー・俳優
『めざましテレビ』の初代メインキャスターとしてお茶の間の人気を集めた、元フジテレビアナウンサーの八木亜希子さん。
フリー転身後は、アナウンサーだけでなく、俳優としても活躍を続けている。
アナウンサーに興味をもったきっかけから当時の葛藤まで、お話を伺った。
[取材・文]=平林謙治 [写真]=山下裕之
アナウンサーは人の話を聞く仕事
―― 1990年代のフジテレビの看板アナウンサーとして活躍された八木亜希子さん。飾らず、気負わず、自然体の柔らかなイメージは、俳優としてもご活躍の現在に至るまで一貫して変わりませんね。
八木 亜希子氏(以下、敬称略)
マネジャーさんにも「八木さんは“合気道”ですね」なんて言われます(笑)。でも本当は、自分を出すのが苦手なだけなんですよ。フリーに転身し、自分の言葉や考えを求められるようになって、改めてその難しさを思い知らされました。私らしさとは何かと深く考えたこともないし……。ごめんなさい! 「私らしく生きる」がテーマなのに(笑)。
局アナ時代もニュース番組でキャスターとしてのコメントを求められたりしたのですが、自分を主張するのは正直しんどかったですね。私が思うアナウンサーの仕事の醍醐味は、そこにはなかったので。
―― 八木さんが思うアナウンサーの本分とは、どういうものなのでしょうか。
八木
忘れもしません。入社して最初の研修のとき、当時のアナウンス部長が黒板に「アナウンサーは聞く仕事」と書いたんです。話すんじゃなくて聞く仕事。滑舌などの技術も求められるけれど、一番大切なのは人の話を聞くことだと。実は私がアナウンサーを目指したのも、もともと制作や裏方の側に興味があって通っていたマスコミセミナーで、アナウンサーの方の講演を聴き、インタビューなど「聞く仕事」の面白さに気づいたのがきっかけでした。
大学では心理学を勉強していたのですが、心理学は授業が大変な割に、その知見を活かせる就職先が当時はほとんどなくて……。人の話を聞く仕事なら通じるものがあると思い、アナウンサーを志望しました。
―― 大学では心理学を学ぶ傍ら、ミュージカルを上演するサークルに所属していたそうですね。
八木
もともとミュージカルは好きでしたし、脚本も歌もダンスも全部オリジナルと聞いて、楽しそうだったので入会しました。公演は生演奏なんて、本格的でしょう。
私、1年生の冬の公演でいきなりソロをもらってしまったんですよ。音痴なのに(笑)。「ボーイ・ミーツ・ガール」という可愛らしい曲で、実はそれをフジテレビのアナウンサー試験でも歌ったんです。面接官に「ミュージカルをやっていたのなら、何か歌えるでしょう」と言われて、すぐ思い出せる歌がそれしかなかったんですよ。
初仕事から“無茶ぶり”の連続
八木
面接の間ずっと、緊張で声がすごく小さかったのを面接官に心配されたみたいで、歌ったら「何だ、大きな声が出るじゃない」と言われました。その歌のおかげで合格したようなものかもしれませんね(笑)。どうやら歌うと受かるらしいという都市伝説が、その後しばらく流れたそうですから。