OPINION1 個の力と経営戦略が結びつく 知識創造力が溢れる組織のつくり方 島貫智行氏 中央大学大学院 戦略経営研究科 教授
経営に資する教育体系と、個人の主体的な学びをどう接続すればいいのか――。
人的資本経営時代、人事・人材育成部門が直面するハードルは高い。
多くの人事・人材育成部門が見落としがちな視点が「組織力の強化」だ。
教育体系の再構築にあたり、忘れてはならない知と知の相互作用の生み出し方とは。
中央大学大学院戦略経営研究科教授の島貫智行氏に話を聞いた。
[取材・文]=西川敦子 [写真]=島貫智行氏提供
縦、横のつながりから教育体系を見直す
「経営陣から教育体系の見直しを迫られているが、どうしていいかわからない」
教育部門から戸惑いの声が上がっている。これについて、中央大学大学院戦略経営研究科教授の島貫智行氏(以下、島貫氏)は次のように語る。
「日本企業は歴史的に人材育成に注力してきました。人事部門のなかに人材開発部などの専門部署を設ける企業、企業内大学や人材開発センターなどの専門機関を設置する企業も珍しくありません。ところが、昨今の人的資本経営のトレンドで、経営陣から『今のままではいけない。より経営に貢献する人材を育成してほしい』と強く求められるようになった。長年にわたって構築してきた教育体系をどう改善、整備すればいいのか……。方針が立てられず、困っているという話はよく聞きます」
経営陣が意識するのは人的資本経営をうたう「人材版伊藤レポート2.0」だ。同レポートでは、これからのあるべき人材戦略として「三つの視点」を挙げている。その1つめが「経営戦略と人材戦略の連動」だ。
経営戦略に基づいて人材戦略を策定し、人材戦略に基づいて人事制度・施策を実施していく―― いま、教育部門には、従来以上に「縦の連携」が求められている。
そして、難易度の高いミッションを成し遂げるには、人事の関連部門との「横の連携」も必須だ。ところが、多くの教育部門は事実上、孤立無援の状態に陥っている。
「教育部門は人事の他部門と切り離され、単体で機能しているケースが多いのです。能力開発や人材育成、キャリア支援などの役割に特化し、採用、配置、評価といった他機能から分離してしまっています」
人材が多様化し、経営環境が複雑化するこの時代、教育部門だけでは経営に資する育成はできない、と島貫氏は強調する。
「20年前であれば、人事戦略上の課題は人材育成、異動、採用、評価といった機能ごとの取り組みで解決できました。しかし、従業員エクスペリエンス、タレントマネジメント、ダイバーシティマネジメント、グローバル人事など、ここ十数年ほどの間に複雑な課題が次々に登場した。どれも単独の人事機能では解けないテーマばかりです。
たとえばタレントマネジメントによって従業員一人ひとりの個性を引き出し、適切な配置によって成長させようとしても、人事の横連携がなければうまくいくはずがない。従業員エクスペリエンスを最大化したいなら、入社前の採用活動と入社後の初期教育・配属から採用部門と教育部門が密接に関わり、退社後もアルムナイ担当者を中心に人事の各部門が連携すべきでしょう。
人材育成、採用、配置、評価、処遇、退出、ワークライフバランス、職場の風土、パーパス―― 。それぞれに関連する各部門が横連携して初めて、企業としてのトータルな従業員価値を生み出すことができるのです」
教育部門と経営層。人事内の教育部門と他部門。教育体系の再構築は、縦・横のつながりを見直すことから始まるといえる。
見直しポイント1
個と経営は連動しているか
そのうえで、教育体系の見直しポイントは大きく2つあると島貫氏は語る。1つは「個人の成長と企業の戦略目標を刷り合わせているか」だ。
「個を主体にした育成に大きく舵が切られている時代です。企業側が学んでほしいことを一方的に教える教育から、一人ひとりの主体的な学習や成長へと、育成のパラダイムが転換している。自らのキャリアを考え、形成していくキャリアオーナーシップも浸透しつあります。
そこで最近、主流となっているのが、ラーニングプラットフォームの拡充です。様々なメニューから受講したいものを自由に選べる『選択型研修』が、研修の柱となりつつありますが、必ずしも経営層に評価されていないことも多いようです」
背景には、「従業員の個別ニーズに応えることが人的資本経営の基本姿勢」という誤解があるのでは、と島貫氏は語る。
「個の重視は大切ですが、従業員個々人のニーズを満たせば従業員エクスペリエンスが高まるかというと、そうではありません。個人の成長と企業の繁栄の双方が実現しないと、仕事の充実感や成長実感は得られないのです。
充実した仕事経験が得られて初めて、個人はパフォーマンスを発揮でき、ウェルビーイングやエンゲージメントも高まります。その結果として、優秀な人材が集まり、活躍し定着するようになるのです。
人的資本経営を推進する先進企業では、従業員一人ひとりの成長やキャリアと、企業の戦略達成との連動を図る努力をなさっています。従業員にどのような学習機会を提供するのか。本人の選択可能性を高めつつ、企業の戦略目標の達成に貢献する教育体系が求められています」