OPINION3 ATDの最新潮流から見る 新しいラーニングテクノロジーと これからの学びのカタチ
人材・組織開発の国際機関ATD(Association for Talent Development、旧ASTD)が毎年手掛けるカンファレンス「ATD-ICE」は、世界中から関係者が集結する人材開発業界の万博的イベントである。20年以上参加しているATDジャパン副代表の下山博志氏とICTに詳しい下山雄大氏に、近年のATD-ICEから見える潮流と今後の方向性について聞いた。
学習技術3大トレンド
―近年のATDでは、ラーニングテクノロジーに関して、特にどのようなテーマが議論されているのでしょうか。
下山博志氏(以下博)
最近の傾向を取り上げる前に、押さえておきたいことがあります。
十数年前にeラーニングが流行した時期がありましたが、その時は「教育の世界の人間がICTに着目した」という感覚でした。しかし時は流れ、ここ10 年ほどは“世の中全体”がICTを中心とした動きを見せています。そこから言えることは、今、注目される学習技術は「ICT側から学びの世界を見て」生まれたという点で、かつてと大きく異なります。
それを踏まえてATDの潮流を見た時に、3つの大きな流れがあります。1つは「MOOCs」(Massive Open OnlineCourses:大規模公開オンライン講座)、2つめは「教室学習の変化」、3つめは「学習評価の広がり」です。
① MOOCs
―MOOCsは、ハーバード大学やマサチューセッツ工科大学など一流大学の講義を、世界中のどこでも、原則無料で受講できるオンライン講座です。2013年には日本でも同様の取り組みが始まりました(図1)。利用者の数も世界で数千万と言われています。
博
今年のATDでは、マイクロソフトやグーグル、Facebookなどが、社員教育にMOOCsの使用を推奨し始めていることが事例として紹介されました。下山雄大氏(以下雄)
例えばマイクロソフトは、会社側でコンテンツを選定し受講者を募るという方法を取り入れました。これによって、85%の人が最後まで受講し、修了したんですね。
博
MOOCsでは一般的に、利用者が最初の章だけ観て途中離脱することが多いという課題がありますので、これは驚異的な数字です。
雄
マイクロソフトでは、1014人を対象に8つのコースを設け、8週間のうちに受講を促しました。就業時間内に設定した学習時間は、週に約3時間だったそうです。
そして修了後のアンケートでは、同社の受講者の95%以上が「実務に活用できる内容」だと評価しました。MBAレベルのコンテンツを無料で受講できるうえ、役立ち感も得られる。企業内教育における非常に大きな進歩だといえます。
博
これまでも、そこそこのコンテンツならネット上にたくさん存在していました。しかし、企業内教育に使うには実用性がネックだったところをMOOCsが活用されるようになったということは、画期的な出来事でしょう。
―企業でMOOCsを活用するには、何がポイントとなりますか。
雄
導入の仕方には2パターンあると思います。密度の高い教育設計をし、そこにMOOCsを連携するという方法と、企業ニーズの高いコンテンツを豊富にセレクトして、できるだけ多くの人たちが受けられる環境を準備する、という方法です。
博
両者共に、企業側の管理の問題が問われます。特にキュレーション力(情報や物を収集しまとめる力)がポイントですね。「わが社にとってどのような知識が必要なのか」を明確にしたうえで、仕事に役立つコンテンツを選定する。つまり、目利きが必要になってきます。
雄
膨大な選択肢がありますから、おそらく、設計した担当者のキュレーターとしての質が、その企業の教育の質に影響します。
博
評価制度への反映もポイントです。MOOCsは修了すれば認定証も発行されます。受講をどのように評価するか、また昇格要件に特定の講座の受講を盛り込むかなど、「認定の仕組み」は次のステップになると思います。
雄
さらに注目すべき最近の動きは、米国を中心に、企業が自社の教育コンテンツをMOOCsに提供し始めていることです。
博
これまで、コンテンツは“買うもの”または“自社でつくるもの”というのが普通でした。しかしこれからは、無料のコンテンツで学習設計できる可能性が出てきたのが、大きな動きだと思います。コストダウンとコンテンツの質の向上の両方が図れます。