連載 「偶然」からキャリアをつくる 第6回 「“今”をちゃんと楽しむことで、 偶然を味方につける」
「とらば一ゆ」の編集長を経て、42 歳でNTTドコモに転職。「iモード」のヒットで一躍“時の人”となった松永真浬氏。バンダイで社外取締役を務めるとともにこの4月からは、母校で教鞭も取り始めた彼女のキャリアは、順調でとても華やかに見える。しかし、「20 歳までぼんやり生きてきた」松永氏のキャリアをつくってきたのは、彼女が出会った数多くの「イ禺然」たった。それはどんな「偶然」だったのか、そして、その「偶然」をどのように“味方冂こしていったのかを見てみたい。
就職活動~リクルート入社
三姉妹の末っ子である松永氏が、最初に“目覚めた”のは、年齢の近い姉たちの就職活動がきっかけだった。一番上の姉は、「売り手市場」の時に就職時期を迎え、希望の人気企業に就職する。ところが二番目の姉は、オイルショックのあおりを受け、なかなか就職が決まらない。しかも、男子学生と比べると、納得のいかないことによる“門前払い”が女子学生の就職を困難なものにしていた。「女子は自宅通勤でなければならない」、「女子は現役でなければならない」…等々。
2人の姉たちのあまりに異なる就職状況を見た松永氏は「社会の理不尽さを知った」と言う。そして、その“理不尽さ”に対する疑問は、自分自身の就職活動においてさらに深まることになる。いろいろな企業を訪問し、面接を受け、結果を待つ。その過程で味わう悔しさ、屈辱感。「たった10 分の面接で評価され、人間性を否定されたよ引こ感じた」松永氏は、それでも就職先を探して、面接を受けては来ない内定通知を待つ、という日々を送っていた。
そんなある日、大学の近くでセミナーが開催されることを知る。それは、リクルートが主催する就職セミナーだった。その時の講師は、のちに彼女が編集長を務める「就職ジャーナル」の当時の編集長。もちろん、その時の彼女はそんな将来は予想できるはずもないが、これも不思議な偶然である。
そのセミナーに出席したことで、「仕事」や「会社」に対する松永氏の考え方は大きく変わる。それまで仕事は嫌々やるものだと思っていた彼女だが、「壇上で話をしている人が楽しそうに仕事をしているのはなぜなんだろう」と感じ、その編集長が働いている会社‐‐リクルートに興味を持つ。
早速、松永氏は編集長宛てに手紙を書き、その数日後には電話を入れた。相手は彼女の送った手紙を読んでいて、これから会社に来ないかと言う。それが結局、OB 訪問となり(編集長は松永氏の大学の先輩だった)、その後、筆記試験、面接試験と進み、役員全員による面接の後、採用が決まったのだった。
このように、将来の「とらばーゆ」編集長であり、「iモード」の開発者となる松永氏も、普通の女子学生と同じように就職活動で苦戦していた。
「こうした経緯だったので、リクルートにはたまたま入った」と松永氏は語る。確かに、就職セミナーの告知ポスターを目にしたのぱ“たまたま”だったかもしれない。しかしそれに出席したこと、そしてその後、講師にコンタクトを取って会いに行ったこと、これらは出会った「偶然」を「必然」に変える行動である。
「Planned Happenstance 」的なキャリアを送る人は、「これだ」と思ったこと、あるいは「確信はないがこれかもしれない」と思った後のアクションがきわめて早い。松永氏もそういうタイプの1人なのだ。
不本意な配属と異動
松永氏は「3 年勤めたら、ファッション関係のコピーライターになるつもりだった」と当時を振り返る。リクルートへも編集職を希望して、クリエイターのための試験を受けた。
入社後は雑誌の編集の仕事に就きたいと考えていた彼女だが、最初の希望はかなわなかった。配属先は、月に1~ 2回学生向けに発行される新聞をつくるセクション。そこで3年を過ごした後、4 年目にようやく転機が訪れる。創刊されたばかりの女性向け(当時)の就職情報誌「とらばーゆ」の編集部への異動である。松永氏は、「会社に入って初めて自分のなかで“ギア”が入った」と語るが、そのギアが本格的にかかったのは「とらばーゆ」への異動がきっかけだろう。そこで彼女は水を得た魚のように編集という仕事でその力を発揮していく。
「週刊誌」というスピードの速い仕事であることも、彼女の肌に合ったのかもしれない。取材、原稿執筆、外部スタッフとの打ち合わせ、撮影、ゲラのチェック…… と、忙しいながらも充実した日々を送る。当初の希望だったファッション関連の仕事も、「ファッション業界特集」を組むことで、実現させた。「とらばーゆ」そのものが世間から非常に注目されていた時期でもあり、ハードながら、手応えのある日々を送る。
しかし、組織には組織の論理や戦略があり、個人の希望や適性よりもそれらが優先されることも少なくない。「とらばーゆ」で夢中になって仕事をしていた松永氏は、ある日、人事異動の内示を受ける。「とらばーゆ」で3 年半を過ごし、実績を上げていた松永氏にとって、その内示はまさに寝耳に水。会社を辞めることも考えたが、経済的な理由からそれもできず、気落ちしたまま新しいセクションに行くこととなる。異動先は「とらばーゆと比べると地味な仕事だった」(松永氏) が、そこで松永氏は自分の對歐を理解し、それを伸ばしてくれる上司と出会う。