CASE1 三井住友海上火災保険|副業を解禁し、社外カルチャー経験者を増やす 「イノベーション」「リテンション」「キャリア自律」明確な目的のもとに進める副業施策 宮岸弘和氏 三井住友海上火災保険 人事部 企画チーム DE&Iチーム 課長 他
MS&ADインシュアランスグループHDの中核事業会社である三井住友海上火災保険。
同社は21年4月から副業を解禁し、24年6月の段階で累計131人が副業の承認を受けている。
ただ、最初から副業制度が積極的に利用されてきたわけではなく、24年4月に副業承認の要件を緩和するなど、徐々に利用しやすい仕組みに変えてきたという。
制度設計や運用面でどのような工夫を重ねてきたのか、キーパーソン2人に話を聞いた。
[取材・文]=村上 敬 [写真]=編集部
副業解禁の3つの目的
好調が続く損保業界だが、経営環境は手放しで安心できるものではない。国内市場は人口減で、伝統的な損保ビジネスだけでは成長に限界があるからだ。
壁を打破するために三井住友海上火災保険(以下、三井住友海上)が打ち出しているのがイノベーション戦略だ。舩曵真一郎社長は21年のトップ就任以降、イノベーションの重要性を説き、中期経営計画(2022-2025)でも「未来にわたって、世界のリスク・課題の解決でリーダーシップを発揮するイノベーション企業」を目指すことを宣言した。
しかし、イノベーションを生み出すのは簡単なことではない。人事部企画チーム(スマートワーク推進担当)DE&Iチーム課長の宮岸弘和氏は次のように解説する。
「保険・金融業界自体、既存のビジネスモデルで持続的な成長・収益を上げてきた成功体験もあって、イノベーションが起きにくい環境にありました。イノベーションを起こすためには、従来の延長線上では出てこないアイデアや発想をどうやって促していくかが課題でした」
新規事業開発のアイデアコンテストを開催し、事業開発に向けたワークショップを開催するなどの取り組みは以前から行われていた。ただ、それらは人事施策ではない。人事面からイノベーションを起こすサポートをできないか―― 。その流れで出てきたのが、副業解禁だった。
「社外での業務経験や人脈があると、従来の損保の延長線上にない新しい発想が生まれやすい。外部経験には社外の研修やキャリア採用など様々なものがありますが、そこに副業を加えようと、21年4月に副業を解禁しました」(宮岸氏)
イノベーション促進の他にも、副業解禁の目的は2つある。1つは採用強化とリテンション、もう1つは従業員のキャリア自律だ。
「24年7月1日時点で、総合社員のうちキャリア採用者は25%以上を占めています。今後、専門領域の優秀な人材を獲得したり、流出を防ぐという観点で考えたときに、副業を含めて社外でも成長の機会がある環境を整えることが大切だと考えました。また、キャリア自律については、日本の金融業界は歴史的に会社主導でキャリア形成が行われてきました。この流れを変えようと、弊社は以前からキャリア自律を促す仕組みを整えてきましたが、副業解禁でさらに自律的なキャリア形成を後押ししたいと考えたのです」(宮岸氏)
承認要件から「業務に貢献」を撤廃したワケ
イノベーションの促進、採用強化&リテンション、キャリア自律促進という3つの目的を持ってスタートした副業制度。ただ、「大きく旗を振るのではなく、どのような事例がでてくるのか様子を見ながらのスタートだった」(宮岸氏)こともあり、当初は月2~3件の申請にとどまった。ハードルになったのは承認の要件だった。
「制度開始時は、『社員本人の専門性が向上すること』『当社業務に貢献すること』という2つの要件を満たすことを求めていました。結果、社労士などの国家資格や周囲から見てもわかりやすいスキルを持っている人からの申請が多数を占めていました。社員の皆さんから限定的・制限的に見えたものと思います」(宮岸氏)
申請が少なかったこともさることながら、実際に運用を始めて、課題に直面したという。
「資格や特技を活かすという側面はあったものの、一番の目的であるイノベーションにつなげるには、物足りなさを感じました。“当社業務に貢献するもの”に限定すると、副業をしても従来の延長線上、あるいは周辺の経験しかできません。イノベーションを生むには、もっと飛び地の経験が必要だと感じました」(宮岸氏)