第37回 「半身」でいることが、働きながら本が読める社会につながっていく 三宅香帆氏 文芸評論家
『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社)が大ヒット。
全身全霊で働くビジネスパーソンを揺さぶる本書の著者、三宅香帆さんに、自身にとっての読書や本とは何か、「好き」という気持ちへの向き合い方や生き方について話を伺った。
[取材・文]=平林謙治 [写真]=小石謙太、山下裕之
本を読みたすぎて会社を辞めた
―― 「ちくしょう、労働のせいで本が読めない!」の書き出しで始まる話題作『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』は、三宅さんご自身の“社会人1年目の衝撃”が執筆のきっかけだそうですね。
三宅香帆氏(以下、敬称略)
そうなんです。週に5日、9時半から20時過ぎまで働くことがいかに大変か、みんなこれが普通なの? マジで? と、就職してみて、本当に驚きました。仕事を舐めていたわけじゃありませんが、毎日ただ電車に乗って出社し帰宅するだけなのに、やってみるとそれは私にとって想像よりも遥かにハードで、時間だけでなく、気力も体力も奪われる行為だったのです。仕事の内容は面白く、興味もあったのですが、ふと気づくと、何より好きなはずの本が全然読めなくなっていたのです……。そんな自分がショックで、結局、もっと本を読みたい一心から会社を辞めました。
―― 子どものころから本が好きだったのですか。
三宅
出身は高知市で、自然豊かな環境だったのですが、外遊びが好きじゃなくて。ずっと家で本や漫画を読んでいましたね。青い鳥文庫やコバルト文庫といったジュブナイルものから、歴史小説や日本の現代作家の作品まで、いわゆるエンタメ小説を幅広く読んでいました。ただ、学校では友達とも普通に遊ぶし、人間関係でひどく悩んだ経験もないんですよ。そもそも周りと同じかどうかを気にするとか、自分の好きなことを人と共有したいとか、そういう感覚自体が希薄なのかもしれません。
―― その後、京都大学に進学され、大学院に在学中から「書評家」として活動を始めました。
三宅
大学で日本の古典文学を研究しようと思ったのも、『なんて素敵にジャパネスク』という平安時代を舞台にした少女小説を読んだのがきっかけです。その基になった伊勢物語などの古典に触れてみたら、もうめちゃくちゃ面白くて。
京都大学で古典文学を研究し、大学院に進学したころに書店員としてバイトしていたことが、書評家になるきっかけでした。お薦めの本を紹介するブログ記事がバズって、それを見た出版社の方から本を出しませんかと声をかけていただいたんです。もともと、本にずっと関わっていける道はないかと漠然と思っていたので、そこに「書評」という選択肢が見えてきたのは、私にとって大きな転機でした。研究者の道も考えていたのですが、性格的に向いていないし、大学に残ると、軌道に乗り始めた書評の活動が続けにくくなるかもしれないなと。