トップは究極のバックヤード 突出した個性を尊重し、変革を加速させる 佐々木 卓氏 TBSホールディングス・TBSテレビ 代表取締役社長
2021年に「TBSグループ VISION 2030」を打ち出し、変革に向けて様々な挑戦を続ける同社。
その舵を取るのが2018年に代表取締役社長に就任した佐々木卓氏だ。
“不適切”なコミュニケーションを行っていたという若手時代や大学時代の部活で学んだ組織づくりの神髄、まさに只中にある会社の変革に向けての想いなど、ユーモアたっぷりに語ってくれた。
[取材・文]=平林謙治 [写真]=山下裕之
名将に学んだ「個に報いる組織」
―― 佐々木社長は早大ラグビー部のご出身で、同部監督や日本代表監督を歴任した名将・大西鐵之祐氏から薫陶を受けられました。ラガーマンとしての経験が仕事に生きていると実感されることはありますか。
佐々木卓氏(以下、敬称略)
ありますね。特に経営者になってから、大西先生の教えをよく思い出すようになりました。たとえば「組織が個に優先することがあってはならない」という考え方。私もリーダーとして強く意識しています。
組織論だと、普通は逆ですよね。ラグビーも規律が重要で、サインプレーでは全員が必ず決められたとおりに動かなければならない。早稲田はとりわけ厳しくて、私たちも毎日それを練習しました。ただ、1つ下の後輩に吉野君という天才がいて、彼はセオリーを無視して突っ走るんですね。それで私が注意しようとしたら、逆に大西先生から「注意するな」とたしなめられて、「吉野が走ったらお前らが着いていけ」と。もう先輩の面目丸つぶれですよ(笑)。でも、いまはわかります。あれがチームを変革し、強くするための究極の組織論なんだと。個性を殺して平準化したチームから、常識を超えるプレーは生まれません。突出した選手がいたら、その個性を周囲が全力で支えた方がより強くなれるということです。
―― ラグビーではよく「One for All、All for One」と言われますが。
佐々木
その言葉も大西先生が流行らせたそうで、私たちには「順番がいつの間にか逆になった」と嘆いていましたね。日本人はOne for Allばかり強調するけれど、これは自己犠牲をうたうお題目じゃない。むしろ大切なのはAll for One―― 集団が個のために何ができるかなんだと。規律は必要だけど、あくまでも個性あっての組織であり、その「個性に報いろ」とよく言われました。
―― テレビ局の組織運営にもそれが通じるわけですか。
佐々木
当社はいま変革期を迎えていますからね。その只中にあって何より優先されるべきは、突出したクリエイターの才能をどう活かすかでしょう。新しいコンテンツを創造する個性こそが当社の強みであり、組織はそれに合わせていった方がいい。私は社長就任当初から、クリエイターファーストの方針を全社員に言い続けてきました。軋轢もありましたが、変革への壁を、ラグビー同様“突破”するためには、これが最善策だと信じてやみません。
変革はランチミーティングから
―― 「変革期」とおっしゃるとおり、就任3年目の2021年に発表された中期経営計画では、「放送事業6割、放送以外4割」という従来の売上高比率を2030年までに逆転させると宣言されました。その背景や課題感についてお聞かせください。
佐々木
放送局もテレビのCM収入だけで食べていける時代では、もはやありません。コンテンツを取り巻く環境は凄まじいスピードで多様化・複雑化しています。その変化を早くから実感し、ある意味経営陣以上に危機意識を深めていたのが、実は現場のスタッフなんですよ。
というのも、就任以来、毎週金曜日にグループ内の様々な部署の若手社員たちとランチミーティングを続けてきました。その場で「テレビ以外に何をすべきだと思う?」と聞くと、アイデアのタネが次々と出てきたんです。配信事業をやるべきだとか、演劇などエンタメに力をいれた方がいいとか。「インドや中東にコンテンツを売り込みましょう」なんて声も出ましたね。言うだけだと困るので、「出向してくれる?」と尋ねたら「もちろんです!」と。
そんなノリで現場とこまめに意見交換しながらつくったのが、中計の具体策である「EDGE戦略(Expand Digital Global Experience)」です。同戦略では、「デジタル・海外・体験」の3つの分野で新しいコンテンツ創造と事業拡大を進めています。