スペシャルインタビュー 目的は企業変革と競争優位性の確立 DXの現状と企業に求められる取り組みとは 牛山智弘氏 経済産業省 大臣官房審議官(IT戦略担当)
DXという言葉が一般的に使われるようになって久しい。
しかし、日本のDXは世界に比べて遅れをとり、最新の世界デジタル競争力ランキングでは64カ国中32位と過去最低を更新した。
日本のDXが進まない理由はどこにあるのか。
また、新しい価値を生み出し競争力を高めるというDXの真の目的を実現するためには、どのような取り組みが必要なのか。
国のDXを推進する経済産業省大臣官房審議官の牛山智弘氏に聞いた。
[取材・文]=平林謙治 [写真]=山下裕之
従来のIT化のままではいけない
「デジタル化 しますと紙で 通知する」
あるある!と思わず膝を打つ人もいるだろう。日本企業のDX(デジタル・トランスフォーメーション)の“ユルさ”を指摘した一句が、第一生命保険が実施する「サラリーマン川柳コンクール」ベスト10に選ばれたのは、実質コロナ2年目の2021年度。DXという言葉自体は、コロナ下で急速に広まったが、その解釈はいまだに人それぞれで、認識のズレや不足が本来のDX推進の枷になっている面も少なくない。
改めてDXとは何か―― 経済産業省の牛山智弘大臣官房審議官に言葉の定義から聞いてみた。
「『企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること』。経済産業省では、『デジタルガバナンス・コード2.0』(旧DX推進ガイドライン)でDXをそのように定義しています。DXをうたうからには、それが経営やビジネスの抜本的な見直しにつながり、新たな価値提供にまで資することを目指すべきでしょう。そうでなければ、『トランスフォーメーション』とは言えませんからね」
要は、なぜDXが必要なのか、本質的な目的=WHYが重要ということだ。ところが、DXというと往々にしてテクノロジーの話と思い込み、どの業務にどんなツールを導入するか、といったWHAT(対象)やHOW(手段)の議論に終始しがちなのが多くの日本企業の実情ではないか。そこには、効率化やコストダウンを追求するあまり、テクノロジーをそのための“魔法の杖”と考える誤った認識が透けて見える。
「それでは、従来のIT化と変わりません」と牛山氏は釘をさす。
「混同しがちですが、IT化とDXは似て非なる概念です。前者は既存の業務や機能の一部をデジタル化すること。後者はデジタル技術の活用によって、経営のやり方や製品・サービス全般の変革を目指すものです。ビジネスにとってIT化はDXのための『手段』にすぎません。日本企業が、従来のIT化のままでとどまっていては、激しさを増す国際競争で遅れをとることは避けられないでしょう」
効率化やコスト削減だけでなく、新しい価値を創出し競争力を高めるために、デジタルを会社全体で使いこなしていく―― それがDX推進の本筋だと、牛山氏が力を込めるのも現状への強い危機感からだ。
デジタル投資は守りから攻めへ
スイスのビジネススクールIMD(国際経営開発研究所)が発表する国際指標「世界デジタル競争力ランキング」によると、日本のデジタル競争力はここ数年、低下傾向にある。最新の2023年版でも全64カ国・地域中32位と、昨年からランクを3つ下げて過去最低を更新した。
項目別で見ると「人材」が49位、「デジタル・技術的スキル」が63位、「企業の俊敏性」が64位と特に低く、これがデジタル競争力全体を引き下げる要因となった。ちなみにトップ5は1位が米国で、以下オランダ、シンガポール、デンマーク、スイスと続く。アジア勢では他に、韓国が6位、台湾と香港がそれぞれ9、10位に入った。「残念ながら、日本は完全に立ち遅れていると言わざるを得ない」と、牛山氏も彼我の差の大きさを認める。