OPINION3 図表で示せば思考と発想が加速する インサイトを引き出すデータビジュアライゼーション 渡部良一氏 NTTデータ コンサルティング事業部 Data & Intelligence事業部(兼) 課長
データを用いた分析が実現しても、正しく人に伝え、プレゼンすることに苦慮する人も少なくないのではないだろうか。
そこで活用したいのが、データを用いたコミュニケーションを円滑にする、データビジュアライゼーションという手法だ。
OPINION1で紹介したATDケイパビリティ・モデルのなかにも、今後の人事に必要なスキルの1つとして定義されている。
その役割と導入のポイントをこの分野の先駆者であるNTTデータの渡部良一氏に聞いた。
図表の視覚効果で意思疎通を円滑化
図1の2つのグラフを見比べてみてほしい。グラフから上位3都市を挙げるとしたら、右の方が一目瞭然だ。
人事でもデータドリブンやピープルアナリティクスに注目が集まるなか、データに基づく説明の場面は増えている。このとき数字を数値のまま扱うのではなく、グラフなどの図表を用いると、視覚的に大小関係がつかめるなど直感的な理解を促すことができる。だが図1の左のように、図表は時に混乱の要因にもなりがちだ。どうすれば、データをわかりやすく視覚化できるのだろうか。
NTTデータでデータ活用のコンサルティングを担う渡部良一氏は、テキストと数字の情報を図表(チャート)で表現するデータビジュアライゼーションの国内第一人者である。渡部氏はデータビジュアライゼーションについて、次のように語る。
「視覚特性を生かしてデータを効果的に可視化する手法が、データビジュアライゼーションです。図表デザインに意図を持たせ注目すべき情報を引き立たせることで、状況の整理や理解を促進させます。その結果、コンセンサスや判断のスピードが早まり、コミュニケーションが円滑化します。それがデータビジュアライゼーションの効果です」
図1の元の情報は、どちらのグラフも同じもの。しかし右側のグラフは、左側のグラフに比べて全体的に棒が長く、大小関係を比較しやすくなっている。また上位3都市は明るく着色されていて、相対的に目立っている。さらに目盛り線の間隔が広くて色も薄いため、メインの情報を把握するのに邪魔にならない。補助機能を目立たないようにすることも、視覚効果のひとつなのである。
視覚デザインを学んだことのある人ならともかく、多くのビジネスパーソンは図表を作成するとき、何となくの感覚で色づかいや配置を決めてはいないだろうか。日本におけるデータビジュアライゼーションの認識は、データ大国アメリカと比べれば及ばないのが実情だ。特に渡部氏は10年前に渡米した際、日米のギャップに非常に驚いたという。
「国内ではずっとデータコンサルタントとして活動していたこともあり、図表でデータをわかりやすく表現することも自分なりに理解していたつもりでした。けれども現地の上司から『Show Me the Numbers』(ステファン・フュー著)という本を紹介されたときに、衝撃を受けたのです。この本は図鑑のような分厚さで、論理的かつ体系的に図表の可視化について解説が記されていました。しかも同業の間では、ステファン・フューやこの本のことを知らない人はいないといいます。アメリカではデータビジュアライゼーションが、データサイエンスの分野の1つとして確立されていることを知り、とても驚きました」
渡部氏は「今でこそ国内でも、データビジュアライゼーションが徐々に認識されつつある」と断りながらも、まだまだ伸びしろは大きいと感じている。欧米ではすでに1980年代にはデータビジュアライゼーションが提唱され始めていたことを踏まえると、隔世の感がある。なぜ日本では、普及が遅れたのだろうか。
渡部氏は自著『データビジュアライゼーションの教科書』(共著、秀和システム刊)で、企業の意思決定がKKD(勘・経験・度胸)に依るところが大きかったからではないかと指摘している。
「日本ならではのハイコンテクスト文化により、『言わなくてもわかる』が通用していたことがデータを使った表現の精度に影響していたことは否めないでしょう。私自身アメリカで生活していた間は、言葉や態度を明確に示さないと意思疎通できないことを実感しました」
言語主体のコミュニケーションにおいて、説明は必須だ。とかくビジネスにおいては、客観的な情報が必要となる。アメリカがデータの持つ価値に日本よりもいち早く着目したのは、自然な流れだったのかもしれない。
だが情報社会の昨今、データの重要性は日米に違いはない。データビジュアライゼーションを習得しておくことは、デジタルの専門家でなくとも有用といえるだろう。
データ分析と洞察の循環がインサイトを生み出す
データビジュアライゼーションを語るには、BI(ビジネスインテリジェンス)は避けては通れない。渡部氏はBIツールであるTableau(タブロー)の、日本で最初の有資格者でもある。
「BIツールは、データの集積や蓄積、集計と分析に加え、可視化する機能があります。データを使って相関性や関連性を探るのは、とても手間のかかる作業です。今の時代は情報量も莫大ですから、情報処理を人の手を頼りに行うのは現実的ではありません。そこを補完するのがBIツールであり、特に瞬時に図表化できるところがデータビジュアライゼーションと関係します」
詳しく説明していこう。図2はBIツールとビジネスユーザーの関係を表したものだ。仮説や課題を起点に、必要なデータを集めて分析し、その結果から気づきを得ることで、ビジネスの創発や改善につなげるというサイクルが成立している。
「このプロセスでポイントになるのは、左下の小さな赤い矢印のサイクルです。データ分析を一度しただけでは、有用なインサイトを引き出すことはできません。条件を変えながら何度も分析と検証を繰り返して洞察を深め、課題や仮説に対するストーリーを築き上げることで初めて次のプロセスへと移ることができます。このとき、データリテラシーがそれほど高くない一般的なビジネスユーザーでも操作でき、様々な分析をスムーズに行えるようにつくられたものがBIツールなのです」
1つ気づきを得たそばから、「このときはどうなのか?」「あの条件下ではどう変わるのか?」などと次々と分析を繰り出すことで、思考のスピードを止めることなく試行錯誤を行える。またダッシュボードに複数の図表を示しながら、互いの関係性を考察できる。こうしたスムーズさを再現するとなると、表計算ソフトでは到底不可能だろう。
だがBIが担う役割は、あくまでもデータの集計から可視化に結びつけるところまでである。集めたデータをもとに将来どうなるかを予測したり、今後に向けた最適なアクションを自動提案するとなると、統計解析や機械学習、つまりAIの出番である。複雑かつ高精度な分析になるため、データアナリストやデータサイエンティストといった専門家の力が必要になってくる。
だからといって、BIは無用の長物というわけではない。すべてのデータ解析を専門家に依頼するのは現実的ではないし、前述のとおり、考察の過程のなかにデータ分析を取り込むのにBIは有効だ。
一方で、分析自体が目的化することも好ましいことではない。本来のゴールは、課題の解決や新機軸の発見にある。データをスムーズに図表化するBIツール、そして、データの要点をつかみ、わかりやすく図を見せるデータビジュアライゼーションは、良質なインサイトを引き出す手段といえよう。