経営の専門家が語る教養|教養とは自分なりのモノサシを持つこと 求められる「善く生きる」ための教養 堀内 勉氏 多摩大学大学院 経営情報学研究科 教授
日本興業銀行(現みずほFG)、ゴールドマン・サックス証券を経て、森ビルの取締役専務執行役員兼最高財務責任者(CFO)を務めた多摩大学の堀内勉氏。
華々しいキャリアを歩んできた堀内氏だが、自身のどん底の体験により、真の読書と出会うことで自分を取り戻したと語る。
[取材・文]=谷口梨花 [写真]=編集部
教養とは自分なりのモノサシを持つこと
「日本で一般的に教養といえば、リベラルアーツと結びつけて語られることが多いです。リベラルアーツとは、古代ギリシア・ローマに源流を持ち、中世の大学において確立した、言語に関わる三科(文法学、修辞学、論理学)と、数学に関わる四科(算術、幾何学、天文学、音楽)からなる自由七科のことです。
しかし、私自身は教養について、それよりもっと広い概念で捉えています。つまり、私たちが人生を生きる意味そのものに関わってくる、重層的かつ広がりのあるものだということです」
そう話すのは、多摩大学大学院経営情報学研究科教授の堀内勉氏。
教養とは何かについて、様々な考え方があっていいと断ったうえで、堀内氏は「教養とは、ひと言でいえば自分なりのモノサシを持つこと」だと定義する。
「これは、ハーバード・ビジネススクールの教授だったクレイトン・クリステンセンの言葉です。彼は著書『イノベーション・オブ・ライフ:ハーバード・ビジネススクールを巣立つ君たちへ』の中で、『人生を評価する自分なりのモノサシを持ちなさい』と学生たちに語っています」
ハーバード・ビジネススクールといえば、世界のビジネスエリートを輩出する学校である。当然卒業生たちは社会的に成功して栄光に満ちた人生を送っていると思いきや、クリステンセンの同級生でエンロン元CEOのジェフリー・スキリングを含め卒業生の何人かは経済事件を起こし、人生を棒に振っていることにクリステンセンは衝撃を受けたのだという。
「同窓会で再会する卒業生たちの多くも、職業人としては成功していても、人生においては不幸になっている者が多いことに気づいた。そこでクリステンセンは学生たちに、自分の外側のモノサシに振り回されるのではなく、自分の内側にモノサシを持ちなさいとアドバイスしたのです。資本主義のモノサシはお金です。他にも家や車、役員の肩書など、様々なモノサシがあります。しかし、大切なのは自分の内側のモノサシです。『イノベーション・オブ・ライフ』の原題は“How Will You Measure Your Life?”つまり、あなたが自分自身の人生を評価するモノサシは何か?ということであり、そのモノサシを持つことこそが教養だと私は考えています」
「これだけは本当」だと思えることはあるか
堀内氏は、教養に対する考え方をこう説明する。
「教養を『知識』と『人格』という視点で見た場合、古代ギリシア・ローマから現代アメリカに受け継がれたリベラルアーツ主義は、どちらかといえば知識や技能獲得にウエートが置かれています。他方、ドイツの人格主義的な教養主義では、人格形成により大きなウエートが置かれています」
それに対して堀内氏が考える教養人とは、そのどちらでもない。つまり、「博覧強記の知識人でも、宗教家や思想家のような人格者でもない、より実践的な教養人」である。
「古代ギリシアのソクラテスが言っている『善く生きる』を実践するために必要な素養としての教養を身につけることが大切だと考えています。善く生きるとは、長い目で見た人生の幸福を追求することです。ソクラテスは、善く生きるために、自分の魂をより優れたもの、善きものにするように訴えています。
私は、そのためには自分の感性を大事にし、自分が本当に善いと思うものを見極めなければいけないと思っています。人類が積み上げてきた智恵と経験を学ぶことで、自分にとって本当に善いものとは何かを発見していくプロセスそのものも、教養だと思うからです」