CASE1 日清食品ホールディングス|現場密着でプロンプトをブラッシュアップ ヘビーユーザーを全社に広げ、創造的活動の時間を生み出す 成田敏博氏 日清食品ホールディングス 執行役員・CIO(グループ情報責任者)
日清食品グループは独自開発した対話型AI、「NISSIN AI-chat powered by GPT-4」を公開した。
プロジェクトチーム発足から導入・公開までわずか3週間という異例のスピードだ。
全社を巻き込んで取り組みを加速するため、現場で進めたこととは――。
人と人のコミュニケーションを劇的に変える、知の武装方法を聞いた。
[取材・文]=西川敦子 [写真]=日清食品ホールディングス提供
スピード公開した独自開発の対話型AI
ChatGPTに何ができて、何ができないのか。どんな制約があるのか。人から聞いた話で判断するのではなく、従業員一人ひとりが手を動かしながら実感を持って理解できるようにしたい―― こう語るのは、日清食品ホールディングス執行役員・CIO(グループ情報責任者)の成田敏博氏だ。
2023年4月25日、日清食品ホールディングスは独自開発した対話型AI「NISSIN AI-chat powered by GPT-4」をグループ社員約3,600人に向けて公開した(図1)。日本マイクロソフトが提供するAzure OpenAI ServiceとMicrosoft Power Platformを用いて構築され、パソコンとスマートフォンのどちらにも対応している。DX先進企業である同グループが貫く鉄則は「主役はあくまで現場」。2020年に始動した全社的なDX活動「NBX(NISSIN Business Transformation)」も、現場中心主義で進めてきた。
「IT部門が中心となり牽引するのではなく、各部署がそれぞれの業務でDXに取り組む。単なるデジタル化にとどまらず、ビジネスモデルの変革を実現すべく模索を続けています。IT部門は彼らと密に連携し、各部門の施策を支える存在です」(成田氏、以下同)
現場中心主義とともに重視するのがスピードだ。ChatGPTの導入について、議論が始まったのは2023年4月1日のことである。
「代表取締役社長・CEOの安藤宏基自らChatGPTに触れ、衝撃を受けたことが契機となりました。これは相当大きなインパクトをもたらす技術ではないか、と。すぐに部内のスタッフと話し合ったところ、ビジネスにどれだけ活用できるかは未知数だが、早急に現場に導入し、各自の業務で活用していくべき、という結論に至ったのです」
その2日後、2023年4月3日に開催された同グループの入社式では、安藤CEOが壇上から新入社員129名にメッセージを送った。
「新しい技術だけにリスクもあれば、わかっていないこともある。だが、テクノロジーを賢く駆使することで学び、自分たちの仕事に活用してほしい」
テクノロジーの進化が加速する時代、DXはスピード勝負だ。成田氏らは、なんとこの日、直ちにプロジェクトチームを結成。今後の施策展開について検討を始めたという。
リスクマネジメントから議論をスタート
最初に議論したのは、「どんなリスクがあるか」「リスクにどう対応していくか」だった。ちょうど情報漏洩やプライバシーの問題といった課題が報じられ、イタリアがChatGPTの使用禁止措置に踏み切るなど、波紋が広がった時期だった。議論の結果、取り組みを進めるうえで生じうるリスクは「セキュリティ」と「コンプライアンス」の2つ、と結論づけた。セキュリティ上のリスクとは情報漏洩リスクを指す。ChatGPTに入力した内容はAIの学習に利用されるといわれているが、個人情報、取引先情報、社外秘の機密情報などが外部に漏れる可能性は否めない。また、コンプライアンス上のリスクとしては、著作権の侵害、バイアスや偏見、差別的・反体制的な内容の流用、不正確な情報や誤認された内容の流用などが考えられる。ChatGPTの回答を安易に信頼し、二次利用、三次利用すると思わぬトラブルに結びつく危険がある。