OPINION2 AIは管理職の代替にならない モチベーションに火をつける、人と人との対話の在り方 安斎勇樹氏 MIMIGURI 代表取締役Co-CEO/東京大学大学院情報学環 特任助教
人間以上に賢く優れた対話型AIの登場は、組織内のコミュニケーションをどう変え、人材マネジメントにどのような影響をもたらすのか。
『問いのデザイン』の著書であり、人と組織の創造性について研究する安斎勇樹氏に聞いた。
[取材・文]=井上 佐保子 [写真]=MIMIGURI提供
“軍事的すぎる”マネジメントからの脱却
膨大なテキストデータを学習し、様々な質問に対して、人間らしい自然な会話形式で返答することができる対話型AI。回答の精度の高さ、使い勝手の良さから、「今後は中間管理職がChatGPTに淘汰される」と嘯く声もある。確かに、組織内のすべての情報がインプットされ、誰もがアクセスできるようになれば、これまで中間管理職が担っていた「上の意図を下に伝え、それを正しく実行させる」役割は不要となる。対話型AIは組織の形すらも変えてしまうのだろうか。こうした懸念について、真っ向から反論するのはMIMIGURI代表取締役Co-CEO安斎勇樹氏だ。
「組織において『伝言ゲーム』を正しく行うことが中間管理職の役割だ、というのはよく耳にする言説です。ビジネスの要諦を漫画で学べる『エンゼルバンク』にも、『ビジネスの本質は伝言ゲームだ』、『社長からスタートしたメッセージが新入社員にまで浸透している会社は必ず成功する』といった表現があります。もちろん、正しい情報を伝達することは大切ですが、果たして中間管理職の仕事は上意下達のための『伝言ゲーム』なのでしょうか。『ビジネスの本質は伝言ゲームだ』という発想は少々“軍事的すぎる”ように思います」(安斎氏、以下同)
安斎氏が“軍事的すぎる”と表現するように20世紀の組織は、軍を統率していくような軍事戦略的なマネジメント、管理型の経営によって発展してきた。しかし、21世紀に入り、ビジネスは単に顧客や市場を競合と奪い合い勝ち取っていくものではなく、持続可能な社会を目指す『パーパス経営』や『理念経営』など、想いや意思をベースに進めていくものに変わっていく。
「そのなかで、個人の意志や感情も以前より大切にされるようになってきています。キャリア観も、もはや会社に隷属するものではありません。私は何を大事にしているのか、私の人生をどうしていきたいか、という自己実現を中心に据え、その一部として会社や仕事があるといった形に変わってきているのです」
欧米ではコロナ禍をきっかけに個人が生き方やキャリアを見直すことによって離職者が急増し、「the Great Resignation(大退職時代)」の到来、と話題になっている。昨今、注目されている「人的資本経営」においても、エンゲージメントやキャリア自律、心理的安全性、多様性が重視されているように、一人ひとりが違っていて、それぞれがどんな価値観や想いを持っているのかを尊重することで価値創造を実現するのが、今後目指すべきマネジメントの方向性であることは明らかだ。
「私はこれを軍事的世界観から冒険的世界観へのパラダイムシフトとよんでいます(図1)。“軍事的世界観”のまま、社員を統率し、上の言うことを正しく実行する部隊としてマネジメントするのであれば、AIを導入し、より正しく伝言ゲームの情報処理をさせることで効率が高まると思います。しかし、自己実現欲求を持ったメンバーが集まり、それぞれ自分のやりたいことを追求、探究することで価値を創出する、“冒険的世界観”のチームメンバーとしてのマネジメントをする役割は、AIには務まりません」