OPINION3 形だけの情報開示に終わらせない 人的資本経営を実践する3ステップと「戦略人事」への変革 谷内篤博氏 実践女子大学 人間社会学部 現代社会学科 教授
人的資本経営を形だけの情報開示に終わらせず、実態の伴った取り組みにしていくためには、どのような点に注意すればよいのだろうか。
上場企業の人事部や人事コンサルの経験を持ち、人的資源管理(HRM)を専門とする実践女子大学人間社会学部教授の谷内篤博氏に聞いた。
[取材・文]=増田忠英 [写真]=編集部
人的資本経営が注目される背景にある4つの視点
「人的資本経営とは、人材を企業の成長の源泉として捉え、それに対して積極的に投資することによって企業の成長を目指すこと」と話すのは、実践女子大学人間社会学部教授の谷内篤博氏。人的資本経営が注目されるようになった背景として、リクルートの調査を手掛かりに、4つの視点を挙げる。
1点目は、ESGやSDGsなどのように、環境や社会など、経済性以外の部分に目を向ける潮流が強まってきたこと。
「アメリカでは、株主資本主義からステークホルダー資本主義へと変わりつつあり、企業は株主だけでなく、社会や人間性などに配慮しないといけないという考え方が出てきています。また経営学の世界でも、これまでは収益力の高い『エクセレント・カンパニー』を目指すべきという発想がありましたが、最近は経済性と同時に人間や社会にも配慮する『エレガント・カンパニー』(京都大学名誉教授・赤岡功氏提唱)という考え方が注目されており、人的資本経営はこの考え方に極めて近いのではないかと思います」
2点目は経済的視点。これまでは有形の財務資産が中心だったが、無形の非財務資産、そのなかでも非財務指標の多くを占める人的資本が着目されるようになった。
3点目はDXの推進やグローバル・イノベーションの必要性だ。イノベーションを生み出せるのは人間であり、人間に目を向け直すことが求められている。
そして4点目は、新しい世代であるZ世代が職場に増え始めるとともに、今後はバーチャル空間を好むα世代の流入が予想されるという点だ。
「こうしたデジタル世代を組織に取り込んでいかなければ、イノベーションは生まれにくい。一方で、この世代は従来の組織観ではマネジメントが難しく、上意下達や暗黙の価値観が通用しません。ましてや集団主義で引っ張ることのできる世代ではありません。これまでは組織の論理を求心力としたマネジメントが行われてきましたが、今後は、個性を活かしたセルフマネジメントを核に、ピアマネジメントとよばれる仲間関係を重視したマネジメントが求められる時代になります。人的資本経営が注目されるようになった背景には、こうしたマネジメントパラダイムの変化も影響しているように思います」
人的資本経営実践のための3ステップ
人的資本経営の実践にあたり、企業が取り組むべきことは何だろうか。谷内氏は、人的資本経営の実践は一気にはできないため、3つのステップが必要だと指摘する(図1)。