健康経営会議10周年記念セミナー 未来を築く、健康経営 ─人を資本とする、これからの日本の未来に向けて─
早くから我が国の健康経営の推進をけん引してきた健康経営会議が2022年11月10日、設立10周年を記念してオンラインセミナーを開催した。
健康経営の今後について、人的資本経営の視点も交えながら展開された3名の講師の話をダイジェストでお届けする。
[取材・文]=菊池壯太 [写真]=健康経営会議実行委員会提供
人材版伊藤レポート2.0でパンドラの箱を開ける
いま、日本型雇用システムは様々なところで綻びが露呈し、見直しが迫られています。各国の従業員エンゲージメント調査によると、日本は世界でも低位あるいは最下位です。日本人の自己肯定感の低さを割り引いても、調査結果を検証する必要があるでしょう。
2019年に持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会が経済産業省に組成され、私は座長に任命されました。せっかくの機会なのでパンドラの箱を開けるつもりで議論し、2020年9月に人材版伊藤レポートを公表、今年の5月にはその2.0を出しました。なぜ人的「資源」ではなく人的「資本」なのか。それは、単にラベルを変更しただけではなく、人材の見方を抜本的に変えるべきだと考えたからです。
これまでのように資源と捉えると、人への支出は費用・コストになります。適切な環境で伸び、放置すれば縮むのが人材の価値であり、資本そのものです。経営戦略へ人材がどう寄与するか、将来の新しいビジネスモデルを創造する構想力の有無が人的資本の価値を決めるのです。
会社と個人は相互選択の時代へ
日本の企業を救う道は人的資本経営の徹底です。これまでと今後目指すべき価値観を比較すると、人的資源管理から人的資本価値創造へ、人事から人材戦略へという流れになります。人の問題を、人事部だけでなく経営陣や取締役会も議論し始めています。
人材育成を自立・活性化させ、会社と個人が互いに選び、選ばれる方向性をいかに目指すか。人材版伊藤レポートのクライマックスでは、3つの視点(Perspectives)と5つの共通要素(Common Factors)から成る3P・5Fモデルで示しました。その1つめの視点は、経営戦略と人材戦略の連動です。経営戦略の実行を担う人材と経営戦略をマッチングさせ、組織や個人の行動変容を促す企業文化が求められています。
5つの共通要素には、属性のダイバーシティに加え、知や経験の多様性、社員一人ひとりのリスキリングや働き方改革を進めることで従業員エンゲージメントを高めるという流れがあります。今日のテーマでもある健康経営の推進は、従業員エンゲージメントの向上におおいに関係しています。
ウェルビーイングと3つの幸福
アリストテレスは「人の営みには目的(purpose)があり、その最上位には最高善がある。人にとっての最高善はまさに幸福そのものだ」と言いました。健康、幸福は最上位の究極目標であり、ウェルビーイングこそ企業の共通善とすべきです。
精神科医の樺沢紫苑さんは幸福をセロトニン的幸福、オキシトシン的幸福、ドーパミン的幸福の3つに分類しています。セロトニン的幸福は心身の健康、オキシトシン的幸福は人とのつながり、ドーパミン的幸福は経済的報酬や富・名誉です。ウェルビーイングにおいては、まずセロトニン的幸福、その次につながりや信頼関係であるオキシトシン的幸福、そして経済的報酬であるドーパミン的幸福の順に満たすこと。この順を間違えるとトラブルになると樺沢さんは指摘しています。
人的資本経営で企業価値創造を
人的資本への投資と人的資本の開示は、ウェルビーイングを向上させます。一人ひとりの心身の健康への支援を含めて、企業が人的資本経営を進め、ウェルビーイングを持続的に向上させることが大事です。
人的資本の開示は世界的なうねりです。人的資本に関する情報開示のガイドライン(ISO 30414)は11項目の開示を呼びかけており、そのなかにはウェルビーイングも含まれます。米国証券取引委員会が義務づける方針の人材投資の開示に関する法律にもウェルビーイングが示されています。
開示を通じて健康経営や人的資本経営のレベルを実態として高め、フィードバックやその評価を企業価値の向上に生かす。こうして企業価値を創造する人的資本経営を、皆さんと一緒に進めていきたいと思います。
健康への関心が企業の信頼に影響
私たちは、幸福や健康を意味する「ウェルビーイング」という言葉を、あえて「健康経営」として2006年にNPOを設立しました。社会的にも労働者の健康が非常に重要だと思ったからです。米国公衆衛生局の2001年のレポートでは、1991~2000年に肥満が伝染病のように拡大したことがわかっています。その原因は運動不足です。生活習慣による健康問題は、人の社会活動を阻害し、未来への夢を奪います。
2022年6月、米国ギャラップ社はquiet quitting(無理せず最低限だけ働く、静かな退職)と表現しました。現在、米国の労働者の約半数がquiet quittingだといわれています。
日本でも類似のエビデンスが出ています。厚生労働省の委託研究で中小企業の経営者の健康習慣と従業員の健康意識を調べたところ、経営者が健診を未受診の企業では、従業員が健康を軽視するという衝撃的な結果でした。