社会人野球U-23日本代表の取り組み 選手の潜在能力を引き出し、日本の野球を「進化」させる 石井章夫氏 社会人野球 U-23日本代表監督|布施 努氏 スポーツ心理学博士
2022年10月に台湾で行われた「第4回 WBSC U-23ワールドカップ」で、社会人野球 U-23日本代表は3大会ぶり2回目の優勝を果たした。「チャレンジ」をスローガンに科学的手法を取り入れ、これまでの日本野球にはない戦術を打ち出し、勝利に導いた舞台裏には、ビジネスの現場でも生かせるヒントが詰まっていた。石井章夫監督とスポーツ心理学博士の布施努氏に、その要諦を聞いた。
[取材・文]=菊池壯太[写真]=吉田 庄太郎、日本野球連盟提供
アジア勢の台頭で見えてきた日本の弱点
―― まずはWBSC U-23ワールドカップでの優勝、本当におめでとうございます。石井監督と布施さんは、慶應義塾大学の野球部の同期と伺っていますが、どのようなきっかけでU-23日本代表のチームづくりに関わるようになったのでしょうか。
石井
僕は、2017年から社会人野球日本代表の監督をしています。社会人野球の国際ステージは、アジア競技大会とアジア選手権という2つの大会が中心で、主力の相手は台湾、韓国、中国です。2018年のアジア競技大会のときに、この3カ国のレベルが以前に比べてぐっと上がっていることに気づきました。
国際的な視点からすると、緻密な野球をして勝ちに結びつける日本式と、大胆にパワープレーをするアメリカ式という両極があるのですが、アジアの3カ国はアメリカ式の野球にシフトしていることに気づいたのです。それならば、アメリカ野球に学ぶ必要があると思い、スポーツサイコロジスト(心理学者)の資格をアメリカで取得された布施さんに声をかけました。
布施
文化の違いを実際に肌で感じてもらわないとわからないと思い、アリゾナの教育リーグの視察にお誘いしたのです。2019年9月から10月にかけてのことです。この視察を通して石井監督がスポーツ科学に興味を持たれたこともあり、私がチームに加わることになりました。
―― アリゾナの視察では、どのような発見があったのでしょうか。
石井
10球団ほどキャンプを視察して、リーグ戦も観戦したなかでまず驚いたのが、キャンプの練習ではビデオカメラや計測器といった様々なマシンが選手の周りを取り囲んでいることです。マニアックな人しか見ないようなピッチャーやバッターのデータまで細かく計測している。そのデータを分析するために、パソコンを開いたスタッフがプレーヤーの真後ろに立っているというのも、日本のキャンプとまったく違う光景でした。
それを見たときに、技術云々というよりも「違う野球」「別のスポーツ」を見ていると感じましたね。人の能力を数値化して可視化しているのが、まずすごい。そしてその数字はすぐ選手たちにフィードバックされているのです。
布施
その背景に科学スタッフの存在があります。スポーツサイコロジストの他、メディカルやコンディションなどの専門家も集まって、日常的に科学的なトレーニングをしているのです。たとえば、ドジャースのキャンプならば、クラブハウスにはもちろん監督やコーチの部屋があるのですが、同じ並びで科学スタッフたちの部屋もある。それほど、アメリカでは科学スタッフは当たり前の存在なのです。
また、メジャーの下に3A、2A、1A、ルーキーとリーグがあるのですが、コーチングスタッフも選手のように選抜されている。コーチングスタッフも日々、上のリーグを目指して研鑽している様子も、石井監督に直に見てもらいたいと思いましたね。
石井
コーチ陣が切磋琢磨している環境も刺激的でした。しかしながら、アメリカではそんなコーチや監督が誰かわからないんですよ。まったく目立っていない。というのも、選手一人ひとりが自分で考えてプレーすることがメーンで、監督やコーチが前に出てこないからです。アリゾナのチームは、一人ひとりが自分で考える、その集合体だったわけです。私の目には、彼らが伸び伸びとプレーをしているように映りました。それもアリゾナの視察で印象的だったことです。
日本の野球を「進化」させるため取り組んだ数値の可視化
―― アメリカから戻った後、代表チームに対して、まずはどこから着手されたのでしょう。
石井
最初に取り組んだのは、感覚的なものを数字に落とすこと、つまり「可視化」ですね。ピッチャーの球速だけでなく、たとえばボールの回転数や回転方向まで掘り下げる。日本の野球もデータを収集して分析するところまではしますが、次の「公開」が難しい。相手チームに情報を渡すことになるからです。一方、アメリカはオープンにすることによってお互いに切磋琢磨して、競技全体の底上げを図ろうという文化なんです。これが日本ではなかなかできないので、チャレンジしたいと思いました。
日本の野球は緻密でデータに裏付けされたものというイメージがあると思いますが、そのデータがどこに結びつくかが今一つ見えません。アメリカの場合は、それが選手の潜在能力を見いだすためという明確なビジョンを感じます。目先の勝負へのこだわりももちろん必要ですが、練習にしても試合にしても、データに裏付けされたプロセスや評価軸がきちんと形成されているのです。