「両利きの経営」を受け継ぐ次世代経営者はいかに学び、育つのか 平井良典氏 AGC 代表取締役 兼 社長執行役員CEO
次世代経営者はいかに学び、育つのか――
その解を持つのは、ほかでもない現役経営者ではないだろうか。
AGC平井良典社長は50歳直前で新規事業の責任者を任され、
同社の「両利きの経営」を支えてきた人物だ。
次世代経営者に必要な経験と学びについて、
経営人財育成や新規事業の育成効果を研究する立教大学の田中聡助教が聞いた。
[取材・文]=村上 敬 [写真]=山下裕之
田中聡氏(以下、敬称略)
長期ビジョン「2030年のありたい姿」を発表されました。AGCを牽引するリーダーとして現在、ビジョンの実現に向けて特に意識しているトピックを教えていただけますでしょうか。
平井良典氏(以下、敬称略)
前任の島村(琢哉氏)が社長に就任した翌年の2016年に、初の長期ビジョンとして「2025年のありたい姿」を発表しました。このとき経営陣で話したことが2つあります。素材の会社は研究開発から事業化まで時間がかかるため、ロングタームビジョンが必要だということ。そして創業の精神から脈々と引き継がれているAGCのカルチャーを再認識したうえで新しい経営スタイルを決めることです。
具体的には、長期安定収益基盤となる既存事業を「コア事業」、高成長事業を「戦略事業」と定義して、AGCの成長軌道をビジョンのなかに描きました。いわゆる「両利きの経営」ですね。それが形になって現在の業績につながっています。
2021年、私が社長に就任してから、引き継いだ長期ビジョンをさらに5年伸ばし「2030年のありたい姿」にしました。このなかで、AGCは素材・ソリューションを通じてサステナブルな社会の実現に貢献するとともに、自身も継続的に成長・進化することを打ち出しました。この原動力は人財です。世間では「組織の三菱」と言われますが、人財が自立的に育って能力を発揮すれば、結果的に組織力にもつながります。我々は「人財のAGC」を目指しています。
田中
御社は連結で従業員数はおよそ6万人。個の力を組織力につなげるときに重要な役割を担うのが経営人財です。御社は「AGCリーダーシップコンピテンシー」をまとめていますが、将来のAGCを担う次世代経営人財をどのように育てていこうとされていますか。
平井
AGCの創業の精神は「易きになじまず難きにつく」。これを基に2002年にグループビジョン「Look Beyond」を制定しました。2009年に発表した「AGCリーダーシップコンピテンシー」で定めたコンピテンシー、たとえばダイバーシティやチャレンジなどは、ほぼ「Look Beyond」の価値観を引き継いでいます。
AGCの経営人財育成プログラムはよくできています。「AGCユニバーシティ」、「グローバルリーダーシップジャーニー(GLJ)」、「グローバルリーダーシップセッション(GLS)」と階層別に教育を受けていくのですが、これらのプログラムにはMBAで学ぶようなマネジメントスキルもあれば、創業の精神のように語り継がれていくものもあります。特に後者はAGCリーダーシップコンピテンシーと自然につながっていきます。精神は紙で見て覚えるものではないので、この研修が重要な役割を果たしています。
田中
常に難しい経営判断を迫られる経営リーダーにとって知識やスキル以上に重要となるのは、意思決定の軸となる哲学です。「創業の精神」とはまさにAGC不変の哲学であり、時代を超えてそれを受け継ぐために、経営人財育成プログラムの根幹に据えているというのは大変示唆に富むお話です。40代以降のリーダー教育プログラムが体系化されている点も印象的ですが、より若い30代も創業の精神に触れる機会はありますか。
平井
もともと自由闊達な社風で、新しいことへのチャレンジを、周囲がどんどん後押ししてくれます。若い時期から実体験としてAGCの精神・カルチャーに業務を通じて触れる機会は多いのではないでしょうか。
経営人財候補者に複数部門を経験させる意味
田中
日本企業でリーダー教育というと、1泊2日の座学研修や海外留学など、実務から離れたところで学ばせるスタイルが一般的で、御社のように新規事業経験をリーダーの育成機会にするという考え方はまだまだ少数派です。