特別鼎談企画|松田雄馬氏×野中郁次郎氏×浅岡伴夫氏 本質の見えにくい時代にこそ“知的コンバット”で意味の追求を 松田雄馬氏|野中郁次郎氏|浅岡伴夫氏
データ分析だけでビジネスの本質(暗黙知)をつかみ成長につなげることはできるのか―。
DX万能神話が広がる時代に警鐘を鳴らすのは、知識創造理論を説いた世界的経営学者で一橋大学名誉教授の野中郁次郎氏だ。
組織が知識創造の源泉となるために不可欠なのは徹底した対話(知的コンバット)を通じた、意味の模索だという。
人工知能の研究者・松田雄馬氏、先端技術アナリスト・浅岡伴夫氏とともに、これからの組織の在り方を語る。(文中敬称略)
組織の最小単位「ペア」で共感せよ
松田:
私は人間の脳をコンピュータ科学の視点から研究してきました。脳は120億の神経細胞一つひとつが協働し、高度な知を実現しています。組織も同様で、一人ひとりの能力は頼りないものであっても、同じ目標を持ち、信頼、協力し合うことで、未来への道が拓かれていくはずです。この未来創造の力は、「生命知」とよばれ、脳研究における重要な役割を担っています。
生命知にとって重要なキーワードに「自己不完結性」があります。「人間一人ひとりは不完結であるからこそ協力せざるを得ない」という考え方は、野中先生の知識創造理論にも通じるのではないかと考えています。昨今のテック企業も野中先生の知識創造理論に学んでいるところが多いと聞きます。
浅岡:
1990年ごろ、米国系企業のデジタルマーケティングに関わって以来、経営戦略&事業アドバイザーとしてCRM(顧客関係管理)の仕事などに取り組んできたのですが、次第に疑問を持つようになりました。米国式のマーケティングは人間を機能として捉えている。人間の心、知恵をベースとしたデジタルマーケティングの在り方はないかと考えました。
模索するなかで野中先生のご著書『知識創造企業』(東洋経済新報社)の「暗黙知から形式知、集団知へとスパイラルアップし、持続的なイノベーションを生み出す」という考え方に出会ったのですが、非常に大きな足掛かりとなりました。
―(司会)テック企業の組織管理法のお話に関連して、ソフトウエア業界で主流のアジャイル開発、スクラム開発は野中先生が発表された論文に端を発しているそうですね。
野中:
「ジャパンアズナンバーワン」の時代、現ハーバード・ビジネス・スクール教授の竹内弘高氏と日本企業の新製品開発事例を研究していましてね。1986年に『Harvard Business Review』に論文を掲載したのです※。新製品開発のアプローチをラグビーにたとえて後の知識創造理論につながるコンセプトを説いたものでした。
何しろ、営業は生きるために顧客の無理難題を引き受けて来るんですね。当然、現場はめちゃくちゃな状態になる。それこそラグビーのスクラムのように複数の工程が入り乱れて同時進行し、ぶつかり、それでも連携し、ワイガヤしながら進んでいた。その様子を書いた論文をもとに、ジェフ・サザーランド博士がアジャイル・スクラムという形でソフトウエア開発の分野に展開したんですよ。
アジャイル・スクラムには、知識創造理論のエッセンスが仕組みとして埋め込まれています。たとえば、毎日の朝会です。
朝会では、まず全員1分ずつ振り返りのコメントをする。全体で15分なので無駄なことは言えません。それも基本的に立ってやる。振り返りが終わるころには、参加している全員が集合的にこれからやるべきことが先読みできちゃうわけです。だからすぐに動ける。
米経営学者ハーバート・サイモンは個人の情報処理には認知限界があるとし、組織こそ人の限界を克服する情報処理システムだと唱えた。しかし、日本企業の現場を調べてみると、やはり組織とは情報を処理するだけの場ではないのではないかと。情報処理というより、葛藤しながらワイワイやりながら動きのなかで知恵を出し合っている。まさにスクラムの状態だったのです。
情報ではなく知識の問題、量ではなく意味を追求しなければならない――こうした気づきは、哲学、特にフッサールの現象学を学び確信に変わりました。フッサールは難解ですが、結局、「相互主観性」なんですね。
もっと簡単にいうと「共感」が重要だということなんです。それは「ペア」が起点になります。組織の知は集合知ですから、一人称を三人称にしなければならない。それは実は大変難しい。一人称と三人称のブリッジになるのが二人称、ペアなんです。