SXを実現する人的資本経営 ~企業価値を創造するために~ 伊藤邦雄氏 一橋大学 CFO 教育研究センター長
官民における多くの研究会や検討会などで座長を務め、我が国の人的資本経営をけん引する一橋大学 CFO教育研究センター長の伊藤邦雄氏。
今回は、2022年12月9日に開催されたシンポジウム『サステナビリティ経営の未来』(主催:日本経済新聞社)より、サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)をテーマにした講演のダイジェストをお届けする。
[取材]=編集部 [文]=菊池壯太
なぜ、サステナビリティなのか
最近、なぜこれほどまでに「サステナビリティ」という言葉が使われるようになっているのでしょうか。これまでの経営は、私益の追求が市場機能を通じて全体として富を最大化するというパラダイムでした。しかしその結果、少なくとも3つの悲劇が起こりました。
1つめは、コモンズ(共有財産)の悲劇です。利益追求の結果、地球という共有財産を毀損してしまったのです。2つめは、ホライゾン(時間軸)、つまり短期視点での行動がもたらした悲劇です。そして、3つめはイマジネーション(想像力)の欠如がもたらした悲劇です。自利の追求が他の人々のWell-beingにどう影響を与えるのかを想像できなかったのです。
最近、インベストメントチェーン※に「社会」という新たなステークホルダーが加わりました。社会の持続可能性という意識が高まり、ESG、つまり環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)という観点から、それを企業や投資家に結びつけるようになってきたのです。
投資家は、投資先の企業に対してESGを要請し、企業は社会課題の解決という形で応えていきます。ESG投資とは、投資家側からの社会課題解決への理解、つまりFD(Fiduciary Duty:信認を受けた者が履行すべき義務)内でのアプローチです。新たにインベストメントチェーンに入ってきた「社会」は、働く人、市民、地域・自治体、サプライチェーン上の取引先(国内外)、地球(気候変動、生物多様性、水資源、海洋等)、未来世代といったステークホルダーで構成され、これらへの適切な目配りなしに企業活動は成り立たなくなってきています。
※投資家の投資対象となる企業が持続的に企業価値を向上させ、それに伴う配当や賃金の上昇が最終的に家計にまで還元されるという一連の流れ
企業価値をめぐる地殻変動
投資家側も大きく変わりつつあります。世界最大の資産運用会社・ブラックロックのCEO、ローレンス・フィンク氏は、2020年にサステナビリティ宣言をして、気候リスクが資産の抜本的な再構築を促し、早晩、大規模な資本の再配分が起きるだろう。また、企業は「パーパス」を重視し、ステークホルダー価値を考慮しないと長期利益を得ることはできないと述べています。
また、これまでの20世紀型のリスク・リターンに加えて、サステナビリティ(社会的インパクト)が投資判断の基軸になっていくでしょう。米国のS&P500(S&Pダウ・ジョーンズ・インデックスLLCが公表している株価指数)では、有形資産の比率に反比例して無形資産の割合が高まっています。今や企業価値の決定因子はもはや無形資産だと言っても過言ではないのです。
すると、サステナビリティを組み込んだ価値創造のためには、少なくとも図1に示したような多様なテーマに向き合わなくてはならなくなります。経営の空間は拡大し、難しさも増してきているので、それぞれのテーマの技を磨くだけではなく、それぞれの技を臨機応変に組み合わせる「総合格闘技力」を磨いていく必要があるのです。
2つのサステナビリティを融合したSX
サステナビリティには、企業を中心に置いた「自社セントリックなサステナビリティ」と、社会を真ん中に置いた「社会セントリックなサステナビリティ」の2つがあります。これが場合によっては二項対立になることがあります。