特集│HR KEYWORD 2022 学ぶ SF思考 SF思考で描く組織と社会のストーリー 関根秀真氏 藤本敦也氏 三菱総合研究所
ここ最近、ビジネスの領域で「SF」がホットワードになりつつある。
エンターテインメントのジャンルの1つと見られていたSFは、意外にもビジネスと親和性が高く、社会や組織の未来を考える強い味方になるという。
そこでSFを用いた新しい思考スキームを開発した、三菱総合研究所の関根秀真氏と藤本敦也氏に話を聞いた。
未来の「予測」と「創造」の違い
SF(Science Fiction)と聞いて、どのような印象を持つだろうか。スター・ウォーズのように地球を飛び越え人間とロボットが共生する世界か、それとも星新一が描くちょっぴりシニカルで不思議な未来か。いずれにせよ、SFは小説や映画などエンタメ分野で語られるのが常だった。すなわち、実際に起こるわけがないと。けれども、この“あり得ない世界”を逆手に取り、発想の手詰まりを打破しようという思考法が近年編み出された。それが「SF思考」だ。
スキームの開発に携わった三菱総合研究所参与の関根秀真氏は、経緯を次のように語る。
「当社が2020年に設立50周年を迎えるにあたり、立ち上げた研究プロジェクトがきっかけです。私たちは日ごろのコンサルティング業務で、将来の在り方を思考する機会に触れています。そのとき用いるスキームの多くは、過去からの積み重ねであり、延長線上にある未来を予測するものです。これらは5年、10年先を考えるには有効ですが、長期的視点に乏しい面があります。VUCAの時代に突入したいま、未来の“予測”は機能しづらくなっています。世の中が混沌とし、先を見ることは困難になりつつあるからです。そこでこのプロジェクトでは発想を切り替え、自分たちのつくりたい未来を創造する手法を考えようということになりました」(関根氏)
未来予測と未来創造は、似ているようだがまったくの別物だ。たとえばSF思考と同じく、中長期視点で未来を考えるスキームであるシナリオプランニングとの違いを踏まえ、50周年プロジェクトメンバーでシニアプロデューサーの藤本敦也氏は次のように説明する。
「シナリオプランニングは、不確実性を前提とした未来予測の手法です。マクロトレンドをベースに、将来はAになる可能性もあるし、Bになる場合も考えられるといったように、複数の方向性を検討します。ただここには、こうありたいとかワクワクするといった要素は入り込んできません。“自分たちのつくりたい未来”ではないからです」(藤本氏)
“こうなる”から“こうなりたい”へ、目指すものが変われば頭の使い方も変わってくる。後者には、ワクワク感が欠かせないからだ。けれどもこれが難しい。事実ベースにこだわれば思考は飛躍しないし、夢に頼っては具体性に欠ける。現実からいったん離れて非連続性を持ちながら、シーンや人の行動がありありとイメージできる未来図を描くにはどうすればいいのか。そこで用いられるのがSFである。
「SFというと、非現実的に思われるかもしれません。しかしストーリーのなかでは、登場人物たちが生活を営んでいます。未来の世界で生まれたガジェットやツールは、私たちの仕事や生活に画期的な効果をもたらす半面、新たな社会問題を生み出しているかもしれません。私たちの開発したスキームでは、ワークショップを通じて技術の発展から社会課題、そこに暮らす人々の思考までを含めたSFストーリーを描き、未来の課題を解決した先のワクワクした世界の実現には今から何をすればいいかを考えていきます。開発には筑波大学HAI研究室の大澤博隆先生や宮本道人先生にもご協力いただきました」(関根氏)
三菱総合研究所ではスキーム開発の過程で、健康やつながりなど5つのテーマを用意し、SF作家もグループに入る形で50年後の社会を5編の短編小説にまとめ上げた。このときポイントとなったのは、SF作家が持ち合わせる独自の視点だ(図1)。だが作家だけに頼ってしまうと、自分達としてのありたい未来が描けない可能性がある。作家の視点に加え、ワークショップで見えてきた未来の骨格を作家が再現できるように支援し、調整する編集者の視点、描かれた未来が自分ごととして腹落ちできるものになるよう吟味する読者の視点も欠かせない。複数の視点を盛り込むことで、ずっと先の未来を築き上げていく。
攻めた発想を許す伝家の宝刀
SFを用いて未来を創造するという斬新なコンセプトは、慢性化した閉塞感を打開する契機になるかもしれない。期待を寄せる企業からの問い合わせは少なくないという。
「特にインフラ系のような比較的景気に左右されず、事業の安定性や安全性が重視される企業などが多いです。まじめな一方、柔軟な発想が苦手な気質があったり、国内各地でひと通り整備が進み新規開発が難しくなるなか、若手を中心にこれから先、自分たちが何を目指せばいいのか見えにくい状況を危惧して問い合わせをいただくことが多いですね」
また、SFの活用に好意的な経営者は多いという。ただSF小説の愛読者でさえ「SFは趣味のもの」と、仕事と切り離している傾向があった。
「歴史小説を経営の参考にするのと同様に、SFもビジネスに応用できると思うのです。コロナ禍以降、“働く”と“暮らす”の境界が曖昧になりました。SFに限りませんが、自身の趣味やプライベートな考え、すなわち“ワクワク”を仕事に活用することが、今後ますます求められるようになると思います」(関根氏)
だが、先に出てきたインフラ系を含む多くの企業は、次世代の組織システムに転換しきれていないのが現状だ。
たとえばビジネスアイデアを公募しても、優秀さは感じられるが固定観念をひっくり返すような類のものが生まれないというのはよくある話だ。経営層が「失敗してもいい、従来の枠組みに捉われないアイデアを求める」と訴えたとき、その思いに嘘はない。しかし、これまでにない企画を考えても、上司や年長者からできない理由を並べ立てられて、修正を指示された結果、既視感のあるアイデアにとどまってしまう――ということが、多くの職場で起きている。なぜ、こうしたことは繰り返し起きてしまうのだろう。