仮説思考が「気づき」を促す スポーツ心理学に学ぶ自立型人材育成 布施 努氏 慶應義塾大学 スポーツ医学研究センター 研究員
スポーツの選手あるいはチームが目標とする結果を残すためには、フィジカルや技術の面だけでなくメンタル面での強化も欠かせない。
そうした観点から、スポーツ心理学が注目されている。
目標にコミットし自立的に動ける人材やチームの育成が求められているビジネスの現場が、スポ ーツ心理学から学べることは多い。
桐蔭学園ラグビー部を花園(全国大会)優勝に導き、東京パラリンピックの選手サポートも行ったスポーツ心理学博士の布施努氏に聞いた。
※「自立=ルールがなくても自分で自由に判断できる」という布施氏の考えから、「自律」ではなく「自立」と表記しています。
スポーツ心理学とはどのような学問なのか
布施努氏は大学卒業後、約14年間の商社勤務を経て、2000年から2006年にかけて渡米しスポーツ心理学を学んだ。きっかけは、商社での仕事を通じて、経営における組織づくりや、人材育成の在り方、そして土台となる心理学に興味を持つようになったからだという。この分野を本格的に学び直すにあたり、最初はビジネススクールで勉強しようと考えたが、アメリカにいる関係者の助言で、より実践的で役に立つ研究分野として紹介してもらったのが、スポーツ心理学だった。
「たとえば、プロ野球で強いチームをつくりたかったら、お金をかけて外国人選手を獲得するのも1つの手段ですが、それだけでうまくいった試しはない。もっと基本的な人づくりやチームづくりが大切で、そのためのノウハウが必ずあると感じていました。自分自身、高校・大学と野球部にいたので、組織づくりや人づくりというテーマとスポーツは、すぐにマッチしました」(布施氏、以下同)
スポーツ心理学は、その研究過程においてデータをとりやすいことがメリットだという。企業では被験者の設定が難しく、また景気の変動や今般のコロナ禍のような急激な環境変化など、様々な変動要素を考慮する必要があり、似たような条件で定点観測的にデータをとることが難しい。一方、スポーツの場合、変動する要因は企業活動に比べれば限定的で、しかも大会での順位や成績など結果も明確だ。
たとえば、あるチームが勝った要因をデータ化してモデルをつくって可視化し、トレーニングメソッドをつくる。それを違うチームに当てはめた実験をする。すると、汎用性の高いモデルをつくることができる。
スポーツ心理学の範疇は非常に広く、チームビルティングから感情のコントロール、ゴール設定など、人が関わることはほぼすべてが研究対象となる。
桐蔭学園ラグビー部における取り組み
布施氏によると、スポーツ心理学とは、「選手やチームに関することを言語化・可視化するためのツール」だという。その意味について、布施氏がメンタルコーチとして携わる桐蔭学園高校のラグビー部を例に深掘りしたい。
桐蔭学園高校のラグビー部は、花園(全国大会)を2019年、2020年と連覇した強豪校。しかしその道のりは平易ではなかった。1990年代後半以降、神奈川県代表として花園常連校となるも、あと一歩のところで優勝には届かない状態が続いていた。
布施氏が桐蔭学園ラグビー部にチームパフォーマンスディレクターとして就任したのは2015年のこと。最初の仕事は、藤原秀之監督のラグビー理念を言語化することだったという。
「藤原監督によると、桐蔭学園の目指すラグビーは“継続ラグビー”。継続とはボールをどんどんつないで前進することですが、その意味をさらに深く聴いていくと、『判断力』というキーワードに行きつきました」
継続は、ボールを持つ選手だけの判断だけでなく、その周りの選手一人ひとりが相手や味方の動きを予測して動くことで実現できる。ゲーム中、状況は常に変化するので、その状況を受け入れたうえですぐに自ら判断することが必要だ。「ボールの継続」という理念の裏側には、そうした判断の継続という意味があった。
「なるほどと思いましたね。つまり、藤原監督はゲーム中に自分で情報を仕入れ、その情報を自分なりに理解し行動に移せる選手を育てたい。そのような自立型の選手がたくさんいるチームをつくりたいと考えていたのです」
また、この「理念の言語化」のプロセスは監督や選手それぞれの目標を明確化させるうえで非常に重要だという。
「ある選手から、『布施さんは鏡のようだ』と言われたことがあります。私の役割は、ヒアリングを通じてその人の考えを引き出していくこと。なぜその行動を取ったのか、なぜそう考えたのかを深く聴き、『つまりそれはこういうこと』と言語化する手伝いをする。これが心理学者のもっとも重要な役割です」
このように言語化した監督の理念を、日々の練習に組み込み、チームに浸透させていくために、布施氏は具体的にどのようなことを行ったのか。いくつか代表的なものを紹介しよう。
気づきを促すミーティング
桐蔭学園では、練習前はスタッフを中心に30分、練習後も30分のミーティングを行っている。練習前のミーティングでは、今日の練習の意図や、選手たちに気づかせたいところを確認する。そして練習後はそれが意図した通りにできたのかを振り返る。