OPINION2 戦略的人事設計に必須 データ活用で日本の人事を科学する 大湾秀雄氏 早稲田大学 政治経済学術院 教授
企業において、データ活用の機運が高まっている。
多くのデータを扱う人事部門は、どのような視点でデータを分析し、活用すればよいのか。
「日本の人事を科学する」ことを提唱する早稲田大学の大湾秀雄教授に、科学的なフレームワークで人事データを分析する意義について聞いた。
人事データ活用の機運が高まる背景
2017年に、人事上の様々な課題の問題点と解決策をデータで明らかにする方法を解説した『日本の人事を科学する』を上梓した大湾秀雄氏。当時と比べて、「データドリブン人事」への関心は急速に高まっているという。
「その背景には、コロナ禍による働き方やジョブ型雇用への急速な移行があります。ジョブ型雇用の本質は大きく以下の3つです。
まずは、『職の標準化』。年功序列制度が廃れつつあるなか、報酬や配置を決定するためには、市場メカニズムの助けが必要です。それに伴い、キャリアを標準的な形で記述することが求められるようになりました。次に、『人事機能の分権化』です。従業員の属性やキャリアが多様化していることで、人事部が採用や育成、配置、評価を集権的に行うことが難しくなっており、人事機能の一部を事業部に委譲する必要が出てきました。人事部は権限を現場に委譲する一方で、彼らの意思決定を支援し、組織の健全度をモニターするためのデータベースを整備することが求められています。最後は、『自律的なキャリア形成』です。事業モデルが変化すると、必要とされるスキルも変わっていきます。会社が提供する研修だけではなく、従業員自らビジョンを持って学び、専門性を高める努力をしてもらう必要性が高まっています」(大湾氏、以下同)
このような変化のなかでタレントマネジメントをしていくためには、データ活用が不可欠である。
「加えて、テレワークの環境下で生産性をどう測るかというのは、最近多くの企業が抱えている課題です。これらの理由から、企業のデータ活用が進んでいます」
最近注目されるデータとは
大湾氏は、2014年から「人事情報活用研究会」を主宰し、企業と共に人事データの活用方法を研究してきた。人事におけるデータ活用の変遷についてこう振り返る。
「一般的に人事データと言えば、基幹業務システムに通常入っている5種類を指します。基本属性、異動履歴、賃金報酬、勤怠、評価のデータです。なかでも、重要であるにもかかわらず、これまであまり使われてこなかったのが異動履歴です。育成や配置を考えるうえで、過去にどんな経験をしてきたかは非常に重要な情報です。しかし、異動履歴には、一般的に組織名しか記載されていません。たとえば配属先は研究開発部だったけれども経理をやっていた、といった役割や職務・経験がわからないわけです。また、どんなプロジェクトに参加し、そこでどんなリーダーシップを発揮したかなども記録されていません。異動履歴を活用するためには、職の標準化を行い、組織名ではなく役割で記述していくことが重要です」
基幹業務システムには入っていないが、ここ数年でもっとも使われるようになったのが、採用時のSPIなどの適性検査のデータだ。
「数年前まで、適性検査のデータはほとんど使われていませんでした。採用時期が終わると、データは採用担当者のパソコンに眠ったままという企業も多かったですね。それがここ4、5年の間に、入社後のパフォーマンスや職種の適性などを予測するために活用されるようになりました」
エンゲージメントサーベイと360度フィードバックも注目を集める。
「先ほど、多くの企業が生産性の把握に悩んでいるとお話ししましたが、エンゲージメントサーベイが1つの指標となるでしょう。ただ、エンゲージメントには複数の概念が含まれるので、何を測っているのかを正しく認識する必要があります」
大湾氏によると、企業がエンゲージメントとよんで計測している設問には大きく分けて5種類の概念があるという。
「まずは、『ワークエンゲージメント』。これは、生き生きと仕事をしていることを指す、比較的新しい概念です。2つめが『組織コミットメント』です。愛社精神のように、古くから普及している概念です。サーベイで言えば、『この会社を他の人に薦めますか?』という質問が該当します。3つめは『離職意思』という概念です。『ずっとこの会社で働きたいと思っていますか?』という質問が該当します。4つめが『職務満足度』。『今の仕事に満足していますか?』という質問で測ります。最後が、『組織市民行動』という概念です。従業員一人ひとりが、自分の役割を超えて行動していると生産性が上がります。そのような行動をしているかを問います。
エンゲージメントサーベイをする際には、これらのうちどれを測っているのかを明らかにしておきましょう」