第19回 注目が集まる“SF”から未来構想を学ぶ 菊池健司氏 日本能率協会総合研究所 MDB事業本部 エグゼクティブフェロー
経営や人事を担う人材にとって、ビジネストレンドの把握は欠かせない。
1日1冊の読書を20年以上続ける読書のプロが、ビジネスを読み解く書籍を紹介する。
コロナショックは何を変えたのか
1年遅れとなった2020東京オリンピックは新型コロナウイルスとの戦いという特殊な状況下において、賛否両論渦巻くなかで開催された。競技・運営・サポートいずれにおいても、随所に日本らしさが発揮されていたのではないだろうか。柔道金メダリスト・大野将平氏の「我々の姿を見て、何か心が動く瞬間があれば本当に光栄に思います」というコメントは心に染みた。8月末には東京パラリンピックも始まるが、ふと感じるのは時間の流れ。気がつけば2021年もあと4カ月を残すのみだ。
コロナが劇的に変えたことの1つに「未来を早めた」ということがあると考えている。非接触・AI等テクノロジーの進化、人口動態等の社会変化、労働環境や職業意識の変化は、時計の針のスピードを確実に速めている。
SF思考という必須スキル
様々な業界の「未来構想活動」をサポートをしている私が最近もっとも注目しているのが、空想的な世界を科学的仮説を基に描いた小説“SF”(=Science Fiction)だ。子どものころから星新一氏の短編小説を読むことが好きだったし、特撮ヒーローにも目を輝かせて見ていた。当時は四十数年後、顧客と共に未来の可能性を探索し、どのようなビジネスを手掛けていくか、という相談を受ける自分の姿はまったく想像になかった。社会人になってからも未来を見据えた広い発想を取り入れるという観点で、SFものには注目し続けている。
2013年に『インテルの製品開発を支えるSFプロトタイピング』(ブライアン・デイビッド・ジョンソン著/亜紀書房)が発刊され、米インテルのフューチャリストに対する考え方を読み、やはりSFを起点とするビジネス発想は重要だと確信した。ビル・ゲイツやイーロン・マスクをはじめ、優れた経営者もSFを重視し、近年ではSFに関するビジネス書が多数刊行されている流れも実にうれしい。
また、中国では空前のSFブームが巻き起こり、劉慈欣氏の『三体』シリーズは世界で3,000万部に迫るベストセラーになっている。話の面白さもさることながら、未来発想のヒントを得たいというビジネスパーソンの考えも見え隠れする。
書籍の観点からは、以下がおすすめである。
①SF思考が学べるビジネス書
②世界を席巻するSF小説
③日本の小説家によるSF小説
④有力な経営者が推薦するSF小説
SF関連の書籍は、私たちに社会や生活など様々な面で使えるヒントや、未来を想起することの「楽しさ」を教えてくれるはずだ。
中国・SF・革命
ケン・リュウ、郝 景芳、閻 連科他著/河出書房新社/2020年8月/2,420円
本書では中国のみならず日本・アメリカの作家の作品も加え、12編の作品を一挙に紹介。同書収録の藤井太洋氏による「ルポ『三体』が変えた中国」にも注目しておきたい。
時のきざはし 現代中華 SF傑作選
江 波、何 夕、糖 匪他著/新紀元社/2020年6月/2,420円
中国SF四天王と台湾の黄海氏をはじめとした全17名による中華SFの傑作選。今後注目しておきたい未来の論客を探してみてはいかがだろう。
SFプロトタイピング SFからイノベーションを生み出す新戦略
宮本道人監修・編著、難波優輝、大澤博隆編著/早川書房/2021年6月/1,980円
SFプロトタイピングという手法について、様々な専門家との「座談」と「論考」を組み合わせ、掘り下げていくのがユニーク。必読書としてLearning Design Membersサイトでも紹介している。
SF思考 ビジネスと自分の未来を考えるスキル
藤本敦也、宮本道人、関根秀真編著/ダイヤモンド社/2021年7月/1,650円
第1章に登場する図表(SFを重視している著名人一覧)に目を通すだけでもSF思考の破壊力が理解できる。「はじめに」の冒頭から人材開発担当者へのヒントが多数登場するので、こちらも必読の1冊だ。
三体Ⅲ 死神永生 上・下
劉 慈欣著/大森 望、光吉 さくら、ワン チャイ、泊 功訳/早川書房/2021年5月/2,090円
全世界で約3,000万部のベストセラーとなった三体シリーズ完結編。日本でも37万部を超え、今現在世界でもっとも論考が注目されているSF作家が劉氏だと思う。ちなみに劉氏はイベントで未来探索は難しいと話していた。歴史あるSFと中国エンタメ性の融合に注目だ。
銀河帝国の興亡〈1〉風雲編
アイザック・アシモフ著/鍛治靖子訳/東京創元社/2021年8月/836円
イーロン・マスク氏をはじめ、世界の錚々たる経営者が愛読書として名を挙げるSF作品の傑作。マスク氏がスペースXを立ち上げたきっかけの書という話もある。1940年に書かれたとされる原稿が2021年になって、新たに新訳版として刊行されること自体が驚異的だ。
未来は予測するものではなく創造するものである 考える自由を取り戻すための〈SF思考〉
樋口恭介著/筑摩書房/2021年7月/1,980円
「未来創造×SF思考」が学べる1冊。「世界は変えられる」と本気で信じる想像力をもつこと……。私も今の日本に妄想力が足りないという考えに1票投じる。ケーススタディもユニーク。
不可視都市
高島雄哉著/焦茶イラスト/星海社/2020年3月/1,540円
『アニメのSF考証家が描く未来のカタチ21.5世紀僕たちはどう生きるか?』(講談社)の発刊以来、高島氏のSF小説にはずっと注目している。世界の不可視化と未来の在り方に思いを馳せながら、この“超遠距離恋愛SF”を楽しんでもらいたい。