第18回 もう一度目指した夢の先 誰かの背中を優しく押して、笑顔を広げていくために 町田そのこ氏 小説家
『52ヘルツのクジラたち』で第18回本屋大賞を受賞し、一躍ベストセラー作家の仲間入りを果たした町田そのこ氏。華やかなシンデレラストーリーの土台には、家族と暮らす日常を大切にする、母としての気づきや想いがあった。
「夢」への再挑戦
――第18回本屋大賞受賞、おめでとうございます。今のお気持ちをお聞かせください。
町田そのこ氏(以下、敬称略)
ありがとうございます。最初は自分でも信じられなかったのですが、書店員の方や営業の方が、私の本を平積みにしてくれたりコーナーをつくってくださっている様子を見て、ようやく実感が湧いてきました。実はこの本を出すときの目標も、「重版を1回かける」※だったんです。こんな雲の上の賞を取ることができ、もう思い残すこともないと思ってしまいそうです(笑)。
※受賞作『52ヘルツのクジラたち』は取材当時15刷。
――デビュー前から、小説を書くことがお好きだったんですか?
町田
子どものころから母と一緒によく読んでは、感想を語ったり薦めあったりしていて、自分でも書きたいという思いがありました。高校時代も、演劇部の友人に頼まれて脚本を書いたりしたこともあったのですが……卒業後は、小説から遠ざかっていた時期がありましたね。就職、結婚、出産という日常でいっぱいいっぱいで……。気づいたら、「小説家になる夢があったなぁ」なんて思うほどになっていて。子育てももちろん大事な仕事ですが、何者にもなれていない自分に対して、嫌だなと思うことが時々あったんです。
――再挑戦へのきっかけは、氷室冴子さん※の訃報だと伺いました。
町田
小学生のときに氷室さんの本を読んで、私もこんなものを書けたらいいなぁと思うようになったんです。当時、学校でいじめに遭っていて。そんなとき、氷室さんの作品に出てくる、芯の強い、自分で困難を乗り越えていく主人公たちが支えになっていました。来月には新刊が出るから、それを楽しみに私も頑張ろう、と。そうやって物語を通じて背中を押してくれた氷室さんに、私は小説家になってお礼を言うんだ、私も小説家として読者の背中を押したい、と思っていたんですね。
でも、氷室さんが亡くなり、それが一生叶わなくなってしまった。もっと早く作家になると決断して頑張っていればと悔やんで、自分の生き方が嫌になって……。だからこそ、もう会えないけれど、作家になる夢は追いかけようと、頑張って書き始めました。
※氷室冴子氏:少女小説家。代表作に『海がきこえる』等。
「小説家」と「主婦業」の両立
――執筆を始めた当時は専業主婦だったとのことですが、どのように両立されたのでしょう?
町田
当時は子どもを抱きながら、ガラケーで執筆をしていました。子育てはつらいこともありますが、作家になるという夢をもって進みだすと、それまで苦痛だったことも前向きにとらえられるようになったんです。子どもがなかなか寝てくれないときも、一緒に起きて小説を書いてしまおうと思えたり。