OPINION3 前提は「人はわかりあえない」こと 理解をうながす対話の技術 樋口裕一氏 多摩大学 経営情報学部 事業構想学科 名誉教授
人と人の間に距離が生まれているいま、ますます求められるのが相手の思いを読み取り、自分の気持ちを伝える技術である。
異質な価値観をもつ相手と、どうすれば理解しあえるのか。
そのために必要なスキルと、身につけるための方法を、コミュニケーションの技術を幅広い世代に教える多摩大学名誉教授の樋口裕一氏に話を聞いた。
コミュニケーションの前提
人とコミュニケーションをとるとき、動かしがたい現実を思い知ることがある。「人と人は基本的にわかりあえない」ということだ。
日本人は横並び意識が強いのか、世の中には多様な価値観があるということを忘れがちだ、と樋口裕一氏は指摘する。
「世界にも日本にも、様々な思想的背景や信念をもつ人がいます。ですから本来、相手は自分の気持ちなど理解できないかもしれないし、まるで見当違いの解釈をするかもしれない。にもかかわらず、相手が自分と同じような価値観をもっていると思い込む人が、日本には少なくありません。だから『いちいち言葉にしなくてもわかってくれるはず』と甘えたり、伝わらないと『自分のことを理解してくれない』と不満を抱いたりしてしまうのです」(樋口氏、以下同)
同じことはビジネスの現場においても起きている。「同じ組織のメンバーなのだから、全員同じ方向を向いているはず」という前提に立つと、そうでない人への攻撃や、期待するアウトプットが出ないなど、いろいろなトラブルが生じることになる。
「相手が異質な価値観をもっている可能性がある以上、思いを的確に読み取らなければならないし、自分の気持ちもしっかり伝えなければならない。共感しあうことはできないかもしれませんが、『それぞれ考え方、立場があるのだから尊重しあおう』『できれば妥協点を見つけ出そう』という思いで向き合わなければ仕事は進みません。だからこそ一人ひとりがコミュニケーションスキルを磨く必要があるのです」
その具体例として、樋口氏は3つのスキルを挙げた。それが、①読解力、②伝える力、③質問力だ。以下で、それぞれの詳細を見ていこう。
コミュニケーションスキル
①読解力
本来わかりあえない相手とコミュニケーションをとるにあたり、要となるスキルの1つが「読解力」だ。
「読解力とは、狭義では文章を読む力ですが、もう少し広くとらえると物事を見つめ、背景や本質を推測する力を指します。さらにいえば、あらゆる社会現象から法則を見つけ出し、未来を予想する能力まで含まれます。学問の基礎は読解力にあるし、経済も思想も人間関係も読解力がなければ理解できない。まさに人間の活動における基本能力といえます」
仕事も読解力なくして進めることはできない。世の中にはいろいろなビジネスがあるが、現象を読み取って課題発見、企画立案し、実行して解決にあたるという進め方は同じだ。
読解力を身につける最上の方法は「本をたくさん読むこと」だと樋口氏はいう。文章は書き手の思考の跡そのものだ。つまり、文章を読むことによって他者の思考をたどることができる。