地域に愛され、そして社会にも愛される人財の輩出を目指して 古草靖久氏 ロイヤルパークホテル 取締役社長

長引くコロナ禍でホテル業界はひときわ深刻な苦境にある。
東京・日本橋を象徴するグランドホテル、ロイヤルパークホテルも例外ではない。
この厳しい状況を“ホテルをより良くするためのチャンス”と前向きにとらえ、指揮を執るのは2019年社長に就任した古草靖久氏だ。
古草氏は開業当時、一社員としてその準備に尽力していた。
当時から変わらぬホテルづくりへの想い、それを支える人財開発について考えを伺った。

30年ぶりの原点回帰
─社長が就任されたのは、元号が令和に改まった2019年6月。ロイヤルパークホテルにとっても大きな節目の年でした。
古草(靖久氏、以下敬称略)
当ホテルの歴史は平成元年(1989年)に始まり、令和の幕開けとともに、おかげさまで開業30周年の新たな節目を迎えました。そして、時を同じくして社長に就任したわけですが、私個人にとっても、その異動は30年ぶりの“里帰り”だったのです。
─“里帰り”といいますと?
古草
実は30年前の開業準備に、私も微力ながら携わっていました。当ホテルの主要株主である三菱地所から出向し、1987年から3年間勤務しました。自分ではディベロッパーに就職したので、ホテルの開業に関わるなんて思いもしませんでしたが、若かったですし、非常にやりがいを感じました。こうして30年ぶりに帰ってきて、また力を尽くせるのはうれしい限りです。キャリアの原点ともいえる場所ですから。ただ、現在は、就任当初には予想もしなかった逆風にさらされていると言わざるを得ません。
─長引くコロナ禍でホテル業界はひときわ深刻な苦境にあります。
古草
昨年4月の緊急事態宣言により非常に厳しい状況が続き、その後Go To トラベル、イート事業の開始により回復の兆しが見えましたが、昨年12月からの感染拡大第3波により、本年1月再び緊急事態宣言が発出され、厳しい状況に戻りました。
とはいえ、この状況がずっと続くわけではありません。むしろ競合他社との明暗が分かれるのは、コロナ禍が収束した後ではないでしょうか。この厳しい現状を、会社の体質を見直し、より強くするためのチャンスと前向きにとらえて、どれだけ自らを変えていけるか。そこに平時以上に努力や工夫の差がつきやすく、Afterコロナの勝敗を決する鍵もここにあると考えています。現在、様々な策を講じ、全力を挙げて取り組んでいるところですが、今後もお客様に選んでいただくためには、そもそもロイヤルパークホテルとはどんなホテルであるべきなのか、自らのアイデンティティにもう一度きちんと立ち返らなくてはいけません。
東京・日本橋のランドマークに
─ホテルの開業を体感された古草社長ならではのお考えですね。ぜひ当時の経緯もお聞かせください。
古草
当ホテルの最大の特徴はまず何といっても、そのロケーションにあります。東京・箱崎の東京シティエアターミナルに隣接し、地下鉄の水天宮前駅にも直結するというアクセスの良さ。東京駅からもタクシーで10分とかかりません。ただ、この日本橋エリアには1980年代当時、これだけの規模のグランドホテルはありませんでした。400室を超える客室に宴会場、レストランも和・洋・中がそろう――フルサービスのグランドホテルの事業適地として当時は港区や千代田区が中心。実際、当エリアでホテル事業が成立するのかと疑問視する声もありました。まして三菱地所が東京で本格的なホテル事業を行うのは、同社にとっても初めての挑戦だったのですから。
まさにゼロからの出発でしたが、他エリアの一流ホテルに負けない、このエリアのランドマークになるものを創ろうと目指しました。たとえば、ロビーのシャンデリアをご覧になりましたか?