OPINION2 目的を明確にした最小限のデータの収集・活用が不可欠 日本のデータ人事を阻害する要因、そして活用のステージとは 鵜澤 慎一郎氏 EYアドバイザリー・アンド・コンサルティング ピープルアドバイザリーサービスリーダー
「日本におけるデータ人事の活用は、欧米に比べて周回遅れ」と話すEY アドバイザリー・アンド・コンサルティングの鵜澤慎一郎氏。
企業として一番大切な「人材の確保と活用」で手遅れになる前に、日本の人事はどのようにデータの活用を進めていけばいいのか、話を聞いた。
日本のデータ人事は“周回遅れ”
「人工知能(AI)に人間が仕事を奪われる」「ロボットに人類が支配される」。そんな漠としたテクノロジー脅威論が叫ばれて久しいが、この種の話に、より強いリアリティーを感じ、真剣に恐れる向きは、実は日本ではなく欧米に多い。彼らにとって科学技術が行き着く未来の共通イメージは、まさに米映画『ターミネーター』が示す世界に近いのだ。
一方、我々日本人にとってのそれは『鉄腕アトム』であり、『ドラえもん』や『ガンダム』である。そうした“善玉”キャラの好影響もあって、AIやロボットにはどちらかというと、好奇心やロマン、仲間意識に似た親しみさえ感じるのではないか。ビジネスへの導入を考える場合も、心理的な抵抗感は比較的少ないだろう。
実際、人事・組織コンサルティングサービスを提供する当社では、ここ1、2年の間に、いわゆるデータ・ドリブンHRやピープルアナリティクスといった、人と組織の領域にAIなどのテクノロジーを活用する取り組みに関して、日本企業からの相談や問い合わせが急増した。
ただし、その多くは調査やPOC(Proof of Concept:パイロットとしての実証実験)を含む企画検討の域を出ない。国内でデータ活用のシステムや分析ツールを実装し、具体的な業務に全社的に活用している例はまだ稀だ。当社のクライアントでも、メーカーをはじめとした伝統的な業種では、関心こそ高いものの、自社で何ができるのか、どれぐらい使えるのか、まだ様子見にとどまっているのが現状だ。
翻って欧米の動向を見るに、日本は“周回遅れ”に甘んじていると言わざるをえない。アメリカのHRテック関連のイベントでは毎回、大手からスタートアップまで数百社にも及ぶ企業の新技術が出品されて目を見張るし、クライアント内部の組織設計でも、情報システム部門でなく人事部門内にHR テクノロジーチームやピープルアナリティクスチームのような専門部隊が配置されているという現実がある。
一番のネックは「データ整備」
なぜ、日本ではHR 領域へのテクノロジーの導入が大きく前進しないのか。その障壁は何なのか。
先述のとおり、心理的なバリアがあるとは考えられない。また、日本企業の人事は文系出身者が多く、統計学の知識やデータの分析スキルをもつ専門人材が足りないとの指摘があるが、その点も今はさほど関係ない。本格的な分析・活用のフェーズに入り、AIがデータに基づいて人事の重要な意思決定まで支援するようになれば、そうした人材も必要になるだろう。しかし、現状、日本企業はそれ以前の段階にあるのだ。
問題の本質は、心理面でも人材面でもない。高度な技術はあっても、分析の土台となるデータの整備ができていないという業務環境の物理的な制約が、実は一番のネックなのである(図1)。ここでは大きく次の2つの点を指摘しておきたい。
第一は、人事データの標準化対応への遅れである。多くの日本企業はカスタマイズにこだわりをもち、自社特有の人事データ定義やデータ保持のやり方のまま、長く過ごしてきた。いわゆるベストプラクティスとよばれる標準製品に移行すると、定期的にリリースされる新しい機能の活用や外部ベンチマーク比較が可能になるが、自社特有のやり方が障害となり、データ移行や標準化作業に多くの苦労と手間が発生している。