第3回 製硯師・青栁貴史さん 石と共に磨きあげたプロ魂 青栁貴史氏 宝研堂内硯工房4代目製硯師|寺田佳子氏 インストラクショナルデザイナー
人は学べる。いくつになっても、どんな職業でも。
学びによって成長を遂げる人々の軌跡と奇跡を探ります。
宝研堂(東京都台東区)の4代目製硯師、青柳貴史さんは、
学生時代、硯作りの奥深さに目覚めて以来、
ただ一筋に石と向き合い、山々を歩いては探し当てた硯石を彫り、磨きあげてきました。
夏目漱石や唐の皇帝の硯まで再現する技は、どのように育まれたのでしょうか。
01 伝統が香る老舗の工房
1939年創業の浅草の書道用具専門店、宝研堂。その2階にある硯作りの工房に足を踏み入れた瞬間、ハッと心がときめいた。
低く流れるチェロの音色。お香と墨と漆(うるし)の匂いが混じりあった、なんともいえない清々しい香り。棚には、今か今かと出番を待つ役者のように、鑿(のみ)ややすりなどの道具たちが行儀よく並んでいる。
「ここが硯を彫るスペースです」
そう言って、こじんまりした作業台にそっと寄り添うように腰を下ろしたのが製硯師(せいけんし)の青栁貴史さんだ。
「これは祖父も父も使っていたもの。70年くらい経つでしょうか」
70年も! 3代にわたり石を彫る力仕事を支えてきたとは思えない、端正な面持ちの木製の作業台である。
よほど大事に手入れされてきたのでしょうね。
「道具を丁寧に使うことは、モノを作る人の基本的な心構えだと思うのです」
すべてのものが、あるべきところに、あるべき姿で、ある。そんな毅然とした工房のたたずまいに見惚れていると、青栁さんがつぶやいた。
「工房の乱れは、作るものの乱れにつながりますから」