Chapter1 様々な分野から見る学び ①比較認知発達科学 教え、笑い、学ぶのはヒトだけ ヒトの学びは、他者からの承認や喜びの共有が土台 明和政子氏 京都大学大学院 教育学研究科 教授
認知科学的にいえば、学びとは本来、環境に適応するスキルを身につけることだという。
だから、ヒトを含むあらゆる生物が、生きていくために学んでいる。その中で、ヒトは独自の学びを身につけた。
それは他者から積極的に与えられる教育を通した学びだ。
しかし今、ヒトならではの学びに変化が起こり始めている。
ヒト特有の学びのスタイル
ヒトの発達を他の霊長類と比べて研究する「比較認知発達科学」の第一人者である明和政子教授は、ヒト特有の学びの始まりをこう語る。
「ヒトの学びは生まれる前から始まっています。母親は、お腹の中にいる胎児に語りかけ、生まれてからは、ガラガラなどのおもちゃを赤ちゃんの手に持たせて遊ばせます。最初は母親が動きを教えるのです。そのうち赤ちゃんは、自分でガラガラを動かしたときの母親の笑顔に気づき、母親と一緒に行動すればほめられ、喜びにつながることを理解します。まず、親が子どもの学びの土台を与えることから始まるのです。このように、親子の間で共感しあいながら学ぶのはヒトだけです」
乳児は1歳ほどになると、目の前にいる人の行為をまねるようになる。これは観察した他者の行為を自分の行為と照合する脳のミラーニューロンの働きによる。相手の動きを見よう見まねで模倣するのは極めて効率的な学びである。
「チンパンジーの場合、他者の身体の動きはほとんど見ていません。操作されているモノに偏って注意を向けるので、他者の行為を忠実にまねる、いわゆる『サルまね』ができないのです。そのため硬い木の実を石で叩き割る道具使用も効率的に学べず、習得に6~7年かかります。サルまねができるのは、実は霊長類の中でヒトだけです」(明和氏、以下同)
ヒトの赤ちゃんは、まねできるとご褒美をもらえる。ご褒美とは、親や周囲から向けられる優しい笑顔である。笑顔によって引き起こされるポジティブ・フィードバックは、ヒトの根源的な欲求を満たし、学びの強力なモチベーションとなるという。
ヒトは他者の心を推論できる
「まねを通じて相手の行為を学び始めるヒトの子どもは、次に『メンタライジング』を身につけます。メンタライジングとは、目には見えない他者の心の状態を自分のそれと区別して推論、解釈する認知機能です。メンタライジングの獲得には、前頭前野の成熟が深く関わっています(図1)」
ミラーニューロンにメンタライジングシステムという、より高次の脳の働きを獲得することで、ヒトは独自の学びを進化の過程で身につけた。
「メンタライジングは、主に2期の顕著な変化期を経て、長い時間をかけて獲得されます。最初の変化は3~5歳ごろで、ヒトは自分と他者の見えを区別してイメージできるようになります(図2)。