
菊池健司氏
- 読書の鬼・菊池健司氏イチオシ 今週の"読まぬは損"
- 1日1冊の読書を30年以上続けているというマーケティング・データ・バンク(MDB)の菊池健司氏。 「これからの人事・人材開発担当者はビジネスのトレンドを把握しておくべき」と考える菊池氏が、読者の皆様にお勧めしたい書籍を紹介します。
世界の経営幹部が注目する日本発の「人生を変える智慧」
少し前の情報ではあるのだが、日本の知られざる地域を歩くツアーが海外富裕層から人気を集めているという記事を読み、なるほどと感じた。
○日本政府観光局
『訪日インバウンド富裕層の心を掴む「歩く旅」の魅力とは』
詳しくは記事をお読みいただきたいのだが、そこには富裕層の方が感じる独特の「日本の魅力」「日本の力」「日本の価値」が存在するのだろう。
2025年4月の訪日外客数は400万人に迫る数字となり、単月としては過去最高を記録した。
オーバーツーリズムによる課題も浮き彫りになっているものの、日本に来て得られるものの価値をもしかしたら、今や海外の方の方がよく理解されているのかもしれない。
注目してくれているのは観光客だけではない。
日本の世界的な地位は人口減少と共に下落傾向にあることは残念ながら否めないのだが、それでも海外企業からは「日本への進出を本格的に考えている」といった相談が私のような者にすら寄せられる。
まだまだ、事業ポテンシャルも魅力的に映るのであれば、ありがたいことである。
事業展開の「場」としての魅力もさることながら、海外の経営幹部の方々は過去から日本の文化にも関心を示している方が多く、その後のビジネスにつなげている。
スティーブ・ジョブズ氏が「禅」に高い関心を寄せていたのはあまりにも有名な話である。
ゴディバ ジャパン CEOのジェローム・シュシャン氏は日本で弓道と出会い、「正射必中」の考え方を用いて、7年で売り上げ3倍を実現した。
最近、改めて「日本の魅力とは何か」を考えることが増えたのだが、そんな最中に出会った実に魅力的な1冊を今回は紹介したい。
その名も『世界の経営幹部はなぜ日本に感化されるのか~伝統文化の叡智に学ぶビジネスの未来』。
著者は、あの「世界競争力ランキング」「世界デジタル競争力ランキング」等で知られるスイスのビジネススクールIMDの日本代表を務める高津尚志氏である。
IMDによるエグゼクティブMBAプログラムの一環となるGIJ(グローバル・イマージョン・ジャパン)の日本文化セッション(2023年、2024年の内容)に焦点を当て、各章で一流講師陣が登場する。
その内容はもちろん、実に興味深いものとなっている。
本書の構成
大きくは全5章で展開されている。
目次の構成は以下の通りである。
「禅」「生け花」「合気道」「日本酒」そして「きく力」…。
もう目次の段階で興味深いトピック満載だと感じていただけるだろう。
第1講:禅に学ぶ自己のマネジメント――不安と対峙し、ゆるぎない自分を確立するには
第2講:生け花に学ぶチームのマネジメント――真の協力を生み出し、イノベーションを出現させるには
第3講:合気道に学ぶ自他共栄のマネジメント――競合やパートナーと共に市場や社会に貢献するには
第4講:日本酒に学ぶ社会・環境との持続的共生――質を求め、自然と向き合い、場を豊かにするには
特別講義:日本文化の「きく力」をどう生かすか?――移行期における「日本」への視線と自己認識のギャップ
各章のはじめには、「次の問いをイメージしながら読み進めてください」と書かれたページがある。
例えば第2講では、
「生け花とはなにか」にはじまり、「チームで花を生けるときの3つの手順と5つの原則とは何か」「それはチームのマネジメントやイノベーション創出にどう活かせるか」と問いが展開されていく。
どう展開していくのか、自分なら生け花をどうビジネスリーダーとして活かしていくのか……。そう考えるだけでもワクワクする内容である。
各国からの参加者の「率直な思い」が随所で登場するのだが、それがまた私たちに大きな示唆を与えてくれる。
各章の最後には、「講義後の問い」が書かれている。
「あなたは、なにをやめますか?つづけますか?はじめますか?」
課題先進国と形容される日本、実は世界の経営幹部には一目置かれている!?
本書は、以下のような項目を意識しながら読み進めた。
- 世界が注目するビジネススクールIMDが日本に感じている「価値」を学ぶ
- 自分から遠い分野(例えば、生け花)からいかに学ぶかについて深く向き合う
- 「人生を変える智慧」を自分の体内にじっくり落とし込む
- 長寿企業も多く、世界から一目置かれる日本の未来を考えるためのヒントを本書から学び抜く
本書の目的は、以下のように示されている。
「難しいこの時代を生きる世界中の私たちに、代替的な在り方、生き方、歩み方を示してくれるもの」としての、日本の文化に潜む思想や方法を明らかにし、より実践に近づけることにある。
読者の皆様は本書を読んでどんなことを感じられたであろうか。
私は、参加者が「人生を変える経験」を経たことを正直うらやましく思い、それと同時に本書を通じて新たな人生観を得られたと思っている。
本書で登場する大きな4テーマのうち、日本酒しか、嗜んだことはないが……。
「禅」「生け花」「合気道」いずれも、どこかで経験してみたいと感じている自分がいる。
IMDによる世界競争力ランキングの日本の順位は総合38位(2024年)と残念ながらランクダウンが続いてしまっている。
それでも、本書を読んでいると、私たち自身が「人生を変える智慧」を学ぶことで突破口を見出せる可能性を感じることができる。
世界のビジネススクールが日本に学んでいるということが、どれだけ誇らしいことか。
経営幹部研修を実施している組織の人事担当者はもちろん必読であり、M&Aを含めた経営戦略や未来戦略、新規事業開発を担っているビジネスパーソンにとっても大変刺激的な内容であることをお伝えしておく。
ビジネスは、どこにヒントがあるかわからない。
本書を通じて得た「智慧」をぜひ、次の世代にもつないでいきたいと思わせてくれる素敵な1冊である。