第5回
龍樹の「縁起」 坪谷邦生氏 株式会社壺中天 代表取締役/壺中人事塾 塾長
品川皓亮氏 株式会社COTEN歴史調査チーム/「日本一たのしい哲学ラジオ」パーソナリティ/元弁護士
坪谷邦生氏
「人を生かして事をなす」ための思考のフレームワークを人事・哲学の専門家である坪谷邦生氏と品川皓亮氏に伺う本連載。
不透明で正解のない時代、二者択一を迫られ、悩むことも多い人事パーソン。今回、取り上げるテーマは龍樹の「縁起」だ。見えない執着にがんじからめになった組織や人が、とらわれから解放されるには。
新しいパラダイムに至る意外な方法論に迫る。
[取材・文]=西川敦子 [写真]=坪谷邦生氏、品川皓亮氏提供
「空」と「縁起」2つの視点で広がる別世界
―― 今回は龍樹(リュウジュ/ナーガルジュナ:推定西暦150~250年)の「縁起」について伺います。縁起とは、「すべての事物がおたがいに影響を与え合っていること」といった概念を指すそうですね。もともと釈迦(シャカ/ブッダ:紀元前7~5世紀ごろ)の教えに根ざす、仏教の根本思想とか。
品川:
そうですね。のちに龍樹によってあらたに解釈され、仏教の二大流派のひとつ、大乗仏教で花開いた思想です。すこし難解なので、今回は2つのステップで理解を進めていきましょう。
ステップ1で理解したいのは、縁起の大前提となる思想、「空」です。ざっくりいうと、空とは「すべての事物には実体がない」という意味です。
たとえば品川という人間は、厳密には固有の実体を持っているわけではありません。常に鼻や口から空気が出入りしているし、皮膚のなかには常在菌も棲んでいる。分子レベルでいうと、どこからどこまでが品川なのかわかりません。
空は原始仏教時代から説かれてきた原理です。当時の僧たちは、「すべては空なのだから執着すべきではない」と考えました。あらゆる欲望を滅することで、苦しみを生み出す執着からの解放〈悟りの境地〉を目指したのです。
とはいえ、一切の欲望を絶てる人など、ごく一握りの修行僧だけです。やがて紀元1世紀ごろになると、出家した人だけでなく、すべての衆生の救済を目指す大乗仏教が興ります。それとともに空の思想にも変化が生じました。欲望の滅し方より、人間としての生き方から空を捉える風潮が強まっていったのです。
龍樹が登場したのはちょうどこのころ。詳細についてはわかっていませんが、釈迦の教えを改めて整理し、理論化した人物とされています。その著作『中論』のなかで龍樹は、「すべての事物が実在している、と言ってしまうのは極端だ。けれども、まったく実在していないと言うのもまた極端である」といったことを書いています。すべては空だけれども、何もないわけじゃない。そこには何かがありそうだ―― と示唆しているわけですね。
―― 確かに、「すべては空だ」と考えると虚しい気がしてしまいます。
品川:
欲望は生きるためのエネルギーでもありますからね。では、いったい何があるというのか。そこで出てくるのがステップ2。今回のテーマ、「縁起」の思想です。ごく簡単にまとめると「すべての事物には実体がないが、相対的な関係性のなかではあらゆるものが存在している」というのが縁起の考え方です。
たとえば品川という人間は論理的に言うと不変ではなく、固有の実体はないかもしれません。でも、品川と品川の子どもの間には「父と子」という関係性があります。父がいることで子の存在は成り立っているし、子がいれば父という存在も成り立つ。相対的な関係性においてはあらゆるものが存在していることになります。

