第4回
ヘーゲルの「弁証法」 坪谷邦生氏 株式会社壺中天 代表取締役/壺中人事塾 塾長
品川皓亮氏 株式会社COTEN歴史調査チーム/「日本一たのしい哲学ラジオ」パーソナリティ/元弁護士
坪谷邦生氏
「人を生かして事をなす」ための思考のフレームワークを人事・哲学の専門家である坪谷邦生氏と品川皓亮氏に伺う本連載。
不透明で正解のない時代、二者択一を迫られ、悩むことも多い人事パーソン。今回、取り上げるテーマはヘーゲルの「弁証法」だ。組織における対立は調整・回避すべきものではなく、むしろパラダイムシフトのチャンスという。
限界を突破し、新しい解を見いだす「 知的格闘のすすめ」とは。
[取材・文]=西川敦子 [写真]=坪谷邦生氏、品川皓亮氏提供
対立こそ起点~組織の進化が始まる瞬間
―― 今日はヘーゲルの「弁証法」(図1)についてお伺いします。ドイツ哲学者のヘーゲルとは、どんな人物だったのでしょうか。

品川:
ヘーゲル(ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル:1770~1831年)は、同じくドイツ哲学者のカント(イマヌエル・カント:1724~1804年)より少し後の時代に活躍した人物です。フィヒテ、シェリングらとともに、ドイツ観念論とよばれる哲学運動を先導したことで知られます。
彼の生きた18世紀後半~19世紀前半は市民革命や産業革命が起こり、歴史がダイナミックに動いた時代。フランス革命の勃発を知った若きヘーゲルは歓喜し、学友らと記念の木を植えて周りを踊ったと伝えられます。彼は歴史を「人類の精神が自由を獲得するプロセス」として捉えていました。歴史の哲学的考察はヘーゲルから始まった、ともいわれています。
―― 歴史や倫理、政治、芸術など多岐にわたる研究があるそうですが、「弁証法」はその中核ともいえる思想なのですね。
品川:
そうですね。ただ、弁証法自体は古代ギリシア時代から存在する概念です。ヘーゲルの思想は難解なので単純化して説明します。
ある主張(テーゼ/正)を否定する主張(アンチテーゼ/反)が現れ、両者が衝突することで、より高次の統合(ジンテーゼ/合)が誕生する、というのが弁証法の考え方です。矛盾、対立から統合に至るプロセスは「アウフへ―― ベン/止揚」とよばれます。

わかりやすい例えとして用いられるのがシルエットの話です。ある人が目の前のシルエットを見て「まるい形をしている」と主張します。すると別の人が「いや、どう見ても長方形だろう」と反論する。さんざん議論した挙句、実はシルエットは円筒形であることがわかります。ふたりとも同じ物体を別の角度から、2次元で見ていたにすぎなかったわけです(図2)。
―― 円と長方形という、矛盾する2つの意見がぶつかってアウフヘーベンが起こり、3次元である円筒形、ジンテーゼに行き着く―― 。妥協案を探って合意形成することとはまったく違うのですね。
品川:
テーゼをA案、アンチテーゼをB案としたとき、妥協案は「まあ、お互い80点くらいで手を打ちましょう」と譲歩することです。一方、弁証法におけるジンテーゼは、お互い「自分は100点だ」と思ってぶつかった結果、2人ともが「これなら150点だ!」と思えるC案にたどりつくことです。双方が「さっきの自分の案より良い」と思える状態がアウフヘーベン(止揚)なのです。
ただヘーゲルは、ジンテーゼに至るには非常に激しい対立を乗り越えなければならない、としています。弁証法における矛盾とは、単なる「食い違い」といった意味を超える迫力あるぶつかり合いです。矛盾や対立を乗り越え続けることで歴史は発展するし、人々は自由を獲得できるはずだ、と彼は考えました。
坪谷:
組織における対立構造について考えるとき、使いやすいのが弁証法です。5つの思考法の概念図(末尾参照)の左側のうち、中庸(※連載第2回を参照)が個人の思考法であるのに対し、弁証法は集団の思考法といえます。

