OPINION5 人事歴32年のリーダーが振り返る 挑戦する組織への改革に向けて「変えるもの」と「変えないもの」 伊瀬知 明生氏 日本ハム 人事部長

食肉加工最大手の日本ハムは、市場の変化と過去の反省から企業風土改革に取り組む。
入社から人事で30余年、現在は人事部長を務める伊瀬知明生氏は、人事の役割の変化をどのように捉えているのか。同社の変遷や人事戦略、取り組みについて話を聞いた。
[取材・文]=たなべ やすこ [写真]=日本ハム提供
世間を揺るがす事件と看板商品が保守的にさせた
食品大手の日本ハムが、人的資本経営に注力していることはご存知だろうか。今年2月には、東洋経済新報社が発表した「従業員1人当たりの年間教育研修費用」でトップ100にランクインした。
同社で人事部長を務める伊瀬知明生氏は、入社から32年間、一貫して人事企画に身を置く。「成長のためにローテーションが必要と標榜している社内では極めて異例」(伊瀬知氏、以下同)だそうだが、企業における人事機能の変遷に直面した1人である。同氏によれば、ここ10年で周囲の人事に対する見方の変化を感じるという。
「なかでも転機となったのは、やはり経済産業省が2020年に公開した『人材版伊藤レポート』ですね」
現・一橋大学名誉教授である伊藤邦雄氏が座長を務めた「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」の報告書は、経営や投資家へ“人への関心”を煽るのに十分な内容だった。以降、投資家から経営戦略と人材戦略との結びつきを問われる場面が増えたのは、何も日本ハムだけではないだろう。裏を返せば、ひと昔前まで人事は経営から切り離された存在だったということだ。
「少なくとも2000年ごろまでは、むしろ人事が経営に口出しするなんてあり得ない空気でしたよ。やることさえやってくれていたらいいんだ、と」
それはある意味、人事にとっても都合がよかった。なぜなら「人が育つには時間がかかるんです。我々は、遠い未来を見据えて施策を設計しているんです」という言い訳も通用したからである。
「終身雇用やメンバーシップ型雇用など、旧来の雇用慣行ならそれでよかったのでしょう。けれどもこれだけ変化が大きく、今日の当たり前が明日の非常識になり得る世の中では、人や組織についてもずっと同じではダメで、適応力がなければ絶滅の一途をたどる時代なのだと思います」
とはいえ伊瀬知氏自身は、自社を保守的な組織だと評する。
「そもそも食品メーカーで働く人の多くは、安定を求めて入社します。それに安全、安心、安定供給という社会的責務もあります。そこに輪をかけたのが、2002年の牛肉偽装事件です」
以降、世の中のコンプライアンスやガバナンス意識の高まりと相まって、社内は慎重を期する空気に包まれた。
加えて見逃せないのが、「シャウエッセン」をはじめとするロングセラー商品の数々だ。発売から30年を経過しても売り場のど真ん中に鎮座する、まさに“お化け”のような存在が組織をいっそう保守的にさせた。
「先輩たちが、強固なビジネスモデルをつくりあげてしまった。新しいことなんてしなくてもいいじゃないか、と成功体験にしがみついている状況が長く続きました」
だが栄華はいつまでも続くものではない。売り上げを支えてきた初期の購買層は高齢期を迎え、味覚嗜好は変化しつつある。新しい世代に対して、いつまでもノスタルジーで勝負することは難しいだろう。