第40回 なんてことのない身近な人たちが変化していく物語を描きたい 阿部暁子氏 小説家

家事代行サービスを取り上げ、人が理解し合い希望を見いだしていく様を丁寧に
描いた長編小説『カフネ』で2025年本屋大賞を受賞した、小説家の阿部暁子さん。
作品を通して伝えたい思いとは。
また、「自分らしさとは変わっていくもの――」という考えの真意について、話を伺った。
[取材]=編集部 [文]=村上 敬 [写真]=稲垣佑季


料理が持つコミュニケーションの力
―― このたびは『カフネ』の本屋大賞受賞、おめでとうございます。今の気持ちをお聞かせください。
阿部暁子氏(以下、敬称略)
まだ実感がわいていなくて。実は、私の本でここまで広く読んでいただいたのは『カフネ』が初めてです。正直に言うと、大きすぎる反響にひるむ気持ちもありました。ただ、この本は編集者さんが4人も担当してくださったり、刊行前から書店員さんがメッセージを寄せてくださるなど、本当に多くの方が応援してくださいました。支えてくれた方たちが受賞を喜んでくれていると聞いて、この作品を書いて本当によかったなと思っています。
―― 受賞作『カフネ』は、弟・春彦を亡くした野宮薫子と、春彦の恋人だった小野寺せつなの2人がぶつかりながらわかり合おうとする物語です。本作を通じて、どのようなメッセージを伝えようとしたのでしょうか。
阿部
今は物事や人の一面だけが切り取られて、ものすごい速さで伝達されていく世の中です。でも、人間はもっと複雑で、見えている部分だけがその人のすべてではありません。人の前では多かれ少なかれ演じている部分があって、隠れて見えないところがあるはずです。そこを理解しようとすれば、言葉を尽くすしかありません。
わかり合おうと近づくのは勇気がいることです。もしぶつかり合ったら、元の関係に戻れる保証はないわけですから。私自身、踏み込みすぎたらぶつかって傷つけ合うのではないか、と怖さを感じることもあります。ただ一方で、触れ合いたい気持ちも消えてなくならない。その気持ちに向かい合って、あきらめずに言葉を重ねていくことが大事だと思っています。作品を通じてそのことが伝わるとうれしいなと。
―― 本作では、家事代行サービスでせつなが料理をするシーンが数多く登場します。どれもおいしそうですが、阿部先生は料理がお好きなのですか。
阿部
『カフネ』を書いてからよくそう質問されるのですが、自分はそこまで得意ではないんです。つくることはつくりますが、必要があるから料理をしているだけで……。
ただ、料理はそれをつくる人と食べる人がいて成り立つものです。誰かが自分のためにつくってくれたというだけで温かい気持ちになるし、食べた人が「おいしい」「ごちそうさま」と言ってくれたら、つくった人もうれしくなります。料理にはそうしたコミュニケーションの力を感じますね。