OPINION2 EXの向上が成果の分かれ道 個人と組織のミスフィットが生む変化適応へのダイナミクス 山﨑京子氏 立教大学大学院 ビジネスデザイン研究科 ビジネスデザイン専攻 博士課程後期課程 特任教授

EXを考えるうえで欠かせないのが、従業員が組織に居心地の良さを感じているかどうかという視点だ。
ただ、個人と組織がうまくフィット(適合)してさえいればいいと考えるのは早計かもしれない。
立教大学大学院ビジネスデザイン研究科特任教授の山﨑京子氏は「むしろ個人と組織の不適合に注目すべき」と指摘する。
一般的に避けるべきだといわれる個人と組織のミスフィットがなぜ重要なのか、解説を聞いた。
[取材・文]=村上 敬 [写真]=山﨑京子氏
ひと言で従業員と組織の適合といっても、その概念は単純ではない。「この会社は自分に合っている」、あるいは逆に「この人材は我が社に合っている」というように日常的には「合う」という表現が使われることが多いが、個人と組織の価値観が合うのか、賃金など個人が求めるものを組織が提供してくれるのか、あるいは逆に組織が求める能力を個人が提供しているのかなど、「合う」にも様々な側面があって複雑だからだ。
個人と環境の適合は、組織心理学や組織行動論の領域では「P-E fit(person-environment fit)」とよばれて、かねてから研究の対象になってきた。環境の下位概念として、「集団」「職務」「職業」「キャリア」などがあり、今回のテーマである「組織」も下位概念の1つだ。
個人と組織の適合に関する議論がどのように発展してきたのか。さっそく山﨑氏に解説してもらおう。
「会社は個々の人々から成り立っていますが、個人はそれぞれ価値観や行動が異なります。小集団ならそれを刷り合わせる手間もかかりませんが、産業革命で大勢の工場労働者が組織で働く時代になると、個人を統制して全体のアウトカムを増やす必要が出てきました。これ以降、個人と組織の関係性が経営学の関心の1つになっていきます。
その後、1930年代にチェスター・バーナードが、組織が成立するための3要件として『コミュニケーション』『貢献意欲』『共通目的』を挙げたあたりから、組織にいる人をどうマネジメントすべきかという議論が始まりました。さらにクルト・レヴィンが相互作用論で、個人の行動は個人の価値観や特性と環境の掛け算だと指摘。そこからP-Efitの研究が広がっていきました」
様々な研究のなかでも、山﨑氏が「個人と組織の問題をもっともクリアに提示した」と評価するのがクリス・アージリスの『組織とパーソナリティー』(1957年)だ。
「アージリスは、個人と組織の利害はそもそも一致しないが、だからこそ調和を模索する必要があると主張。これ以降約50年、個人と組織の調和、つまり適合を目指すことに経営学の議論はフォーカスしていきます」
確かに個人と組織が適合している状態は双方にとって都合がいい。個人と組織が適合していると、個人は居心地が良くてパフォーマンスが上がりやすい。組織から見ても、離職率を抑えられるし、みんなが同じ価値観を持っているため意思決定が速くできるというメリットがある。
「日本的人事システムは、適合論の産物。色の付いていない学生を一括採用して、ジョブローテーションで職種を越えて会社のカルチャーを植え付け、終身雇用で面倒を見る。こうした仕組みで同質性を高めて組織がいち早く意思決定することで、アメリカ企業に追いついていきました」
アカデミアでも経営の現場でも、個人と組織は適合している方がいいという考えが長らく支配的だった。しかし、その空気に2000年代中盤から変化が訪れ始める。
「クリストフやビルズベリーなどの研究者が、ミスフィットはフィットより複雑であり、もっと注目すべきだという論文を相次いで発表したのです。実はアージリスも『個人がみんな組織に同質化するとイノベーションが起きなくなる』と指摘していました。約50年たって、適合を目指すだけでは不十分だという流れができてきたのです」
「個人」「組織」「外部環境」で適合/不適合を捉える
山﨑氏はアカデミアの世界に足を踏み入れる前、自動車やハイブランドなど複数の企業で人事の実務を経験している。実は実務の現場にいたころから、個人と組織の不適合の重要性を意識していた。