CASE2 メルカリ|サーベイを読み解き、働きがいのストーリーを描く マーケティングとデータドリブンに基づく最高の従業員体験 木下達夫氏 メルカリ 執行役員 CHRO
大手ITサービスのメルカリでは、組織の成長にともない、2019年より育成型組織への転換に取り組む。
人事施策の要となるのは、社員一人ひとりの成長のためのEXの設計だ。
それはどのように設計され、現場で活かされているのか。
執行役員でCHROの木下達夫氏に話を聞いた。
EXはCX向上の鍵となる
「メルカリ」は、いまやフリマアプリの代名詞的な存在である。サービス開始は2013年と後発ながら、アプリの月間の利用者数を示すMAU(月間アクティブユーザー)は1,800万人を超える。運営会社のメルカリはさらに、スマホ決済サービスの「メルペイ」を展開し、暗号資産サービスの「メルコイン」を設立するなど、あらゆる価値を交換できる社会の実現を目指す。
「メルカリ」の成長の要因は、徹底したCX(Customer Experience)の追求にある。出品物を撮影すると参考価格を教えてくれたり、個人情報を開示しなくても取引が成立したりと、従来のフリマアプリやネットオークションの常識を覆すしくみで、顧客の心を一気につかんだ。
そのメルカリ、2019年2月に「採用に強いメルカリから、個人の成長も加速するメルカリへ」という全社方針を発表し、育成型組織へと大きく舵を切った。その仕掛け人が、同社CHROの木下達夫氏である。
木下氏はP&GやGEなどの外資系企業で、長らく人事畑を歩んできた。特にP&Gではマーケティングが自社文化として組織に浸透しており、人事部にもマーケティングの知識が求められる。
「私が新卒で入社した当時からすでに、採用もマーケットインの発想でした。ターゲットとなる学生のインサイト(意欲を喚起するポイント)を徹底的に謙虚に調べていました。もう1つの特徴はデータドリブンですね。ボディソープの商品開発でユーザーの好みを数値化するのと同じように、採用でもターゲットとなる候補者や内定者にサーベイを繰り返し、データに基づいて傾向を探っていました」(木下氏、以下同)
このような手法は、メルカリとも非常になじみがいい。
「当社はテックカンパニーですから、データドリブンが組織に定着しています。アプリ経由で得られるデータからユーザー特性や使い方の傾向を探り、サービスの改善につなげていく。それも膨大なデータ量をベースに、クイックにサイクルを回しています。そうした発想を、人事に取り入れるのは自然な流れでした」
木下氏がメルカリにやって来た2018年当時、組織は“成長痛”に悩んでいた。数年前まで300人ほどだった社員数は、木下氏の入社時点で1,300人ほど。現在はさらに1,700人規模にまで拡大している。採用自体は成功していたものの、獲得した人材にいかに活躍してもらうかが壁となって立ちはだかっていた。
その打開策を示すキーワードとなったのがEX(Employee Experience)だ。メルカリならではの“痒い所に手が届く”サービス、すなわちCXの源は、会社や仕事を通じた社員一人ひとりのEXの充実にあるという考えに基づく。
木下氏はCHROに着任した早々、組織開発と人材育成を担うOTD(Organization & Talent Develop-ment)チームを立ち上げるなど、様々な形で育成型組織への転換を進めてきた。そしてここに来て、さらなる進化を遂げている。
採用から離職までの体験を明示
筆頭に挙げたいのが、2020年の「EXジャーニー」(図1)の策定である。顧客マーケティングでは、ユーザーが商品やサービスを認知してから、購入、利用に至るまでに体験する行動や心理状態を、“ジャーニーマップ”という形で視覚化するのが一般的だ。それと同様に、モデルとなるペルソナが、メルカリを勤務先として検討し始める段階から、採用、オンボーディング(採用後の受け入れ~戦力化)、といった各段階での目標および期待値設定、評価報酬、卒業(=退職)までに獲得する、望ましい体験を言語化した。
「EXジャーニーは、各部署のマネジャークラスでチームを結成し、半年以上かけて作成しました。社員にEXを提供するのは現場です。ジャーニーには現場目線を多く盛り込み、また、マネジャーたちにいかに自分ごととしてとらえてもらうかもポイントでした」
EXジャーニーは詳細につくり込まれている。
「まず各段階において、会社からの期待値を明確にしました。採用なら『メルカリの現状を理解したうえで、貢献したいと思ってもらう』『カルチャーフィットしているかを双方が判断できる』『採用NGであってもメルカリに対しポジティブなイメージが残る』などです。これらを満たす体験を、さらに具体的にしていきます」
体験の具体化には、「どこで」「誰が」「どのように」なっているかを明らかにする必要がある。ゆえにペルソナとの接点となるタッチポイントや、期待値につながるアクション、またそのアクションを満たすのに必要な要件などがまとめられている。
たとえば「カルチャーフィットの相互判断」では面接官のスキル強化を取り上げ、そのために施すトレーニングや面接時のコミュニケーションの心得などが、事細かく定義されているのである。他にも採用の章には、採用基準や新卒と中途での採用方針の違い、面接日の調整の方針、候補者に伝えることや、やってほしいことなどが挙げられている。
マニュアルのように映るかもしれない。だが実際はそれとも異なる。重要となるのは、期待値につながる体験の提供だ。