OPINION3 お手本はある?自己努力で鍛えられる? “関わり合い”で高めるレジリエンス 平野真理氏 お茶の水女子大学 生活科学部 心理学科 准教授
「失敗」から学ぶには、失敗からいかに早く立ち直るか、という視点も必要だろう。
そこで注目したいのが、「心の回復力」「しなやかな強さ」などと訳されるレジリエンスである。
お茶の水女子大学准教授の平野真理氏は、レジリエンスは「個」のなかより、「関係」のなかに生じることが多いと説く。人が失敗から立ち直り、成長していける関係づくり、組織づくりとは。
[取材・文]=西川敦子 [写真]=平野真理氏提供
実は誤解だらけ?レジリエンスをめぐる言説
「成長のため、ビジネスパーソン一人ひとりが高めるべきライフスキル」などとされるレジリエンス。もともと物理学用語で、圧力を加えられた後、もとに戻ろうとするバネなどの動きに由来する。心理学では、「逆境に置かれても、致命的な状態に陥らずに回復・適応する力」と定義される。
お茶の水女子大学生活科学部心理学科准教授の平野真理氏は、「人によって理解のしかたは様々で、正解はない」と前置きしたうえで、次のように話す。
「物理学用語に由来していることからわかるように、レジリエンスは回復や適応のプロセス、つまり“現象”を指す言葉です。『最近の若者はレジリエンスが欠けている』といった話をよく耳にしますが、“欠けている”“持っている”などと表現するのは適切ではないかもしれません。また、ライフスキルというより、逆境を生き抜くための機能なので、平時であれば必要ないものでもあります」
ほかにも様々な誤解がある。たとえば、レジリエンスが高い人といえば、「タフな人」「意識が高い人」といったイメージがあるが、メンタルの強靭な人が必ずしもレジリエンスが高いわけではない。
「硬いボールと柔らかいボールがあるとします。ハンマーで叩いたくらいでは、硬いボールは割れないかもしれない。でも、ゾウに踏まれたとしたらどうでしょう。破裂してしまうかもしれません。一方、柔らかいボールはいったん変形するけれど、壊れることはなさそうです。レジリエンスも同じで、折れない、傷つかないといった強靭さではなく、へこんでもなんとか生きのびていく、しなやかな強さを示す概念といえます」
平野氏は「以前の状態に回復することだけがレジリエンスではない」とも強調する。バネと違い、心は簡単にもとの形に戻れない。道路の下に埋まった草の種子がアスファルトの割れ目を探りあて、茎を伸ばしていくように、逆境に適応する力もレジリエンスといえる。
「世の中には、苦しみをバネに立ち直り、前にもまして活躍できるようになった、といった成功ストーリーが溢れています。それだけに、『早くもとに戻らなければ』『成長しなければ』と焦りがちですが、現実はそう簡単ではありません」と平野氏。
東日本大震災後における被災者の心理的回復を追った調査※では、時間の経過とともに回復していく人はむしろ少数派だったという。
「何年たっても立ち直れない人もいるし、一年目は回復してきたと答えたのに、四年目の調査では、『本当はずっとつらかった』と回答する人たちもいる。もとの状態に戻るのではなく、価値観、性格が以前とまったく変わるなど、質的な心の変化が見られる場合もあります」
酒井明子・渥美公秀(2020).東日本大震災後の被災者の心理的回復過程―― 震災後7年間の語りの変化―― 実験社会心理学研究,59(2),74-88.
打たれ強い人ばかりの集団は本当は脆い
レジリエンスは、努力すれば誰でも身につけられものと思われがちだが、限界もある。
「確かに、問題解決に取り組む姿勢や、自己・他者を理解する力など後天的に獲得できる資質はあります。しかし、楽観性や統制力、社交性などは、もともと持っている気質の影響が大きい。個人要因だけでなく、家庭や親子関係、学校、職場といった環境要因が様々に相互作用して導かれることも多い。自分一人の努力では獲得できない部分もあります(図1)。