学びとスキル│パラドックス・マインドセット 二者択一の思考から脱却する「パラドックス・マインドセット」とは 関口倫紀氏 京都大学経営管理大学院 教授/京都大学 大学院経済学研究科 教授
短期的利益と長期的利益の両立、社会貢献と自社利益の確保、一貫した組織文化の醸成とダイバーシティ(多様性)の実現、適材適所の配置と個人の自律的キャリア形成―。
私たちの周りには、一見すると両立するのが難しい課題が数多く存在する。
しかし、そこで両者を同時に追求するからこそ、イノベーティブな解決策を見いだせることが少なくない。
人事業務や組織開発を担ううえでもぜひ知っておきたい「パラドックス・マインドセット」について、京都大学経営管理大学院教授の関口倫紀氏に聞いた。
[取材・文]=崎原 誠 [写真]=関口倫紀氏提供
経営学における「パラドックス」の3つのポイント
日本語で「逆説」を意味する「パラドックス」。日常生活でも耳にするこの言葉が、いま、経営学の重要なキーワードとして注目されていることをご存じだろうか。
「経営学における『パラドックス』とは、『同時に存在し、長時間持続する、矛盾していながらも相互に依存する要素』と定義することができます。以前から時折用いられてきましたが、近年になって体系的に語られるようになりました」
こう説明するのは、京都大学経営管理大学院教授の関口倫紀氏。パラドックス研究の世界的第一人者がパラドックスの考え方をわかりやすく紹介した『両立思考』(ウェンディ・スミス、マリアンヌ・ルイス著、JMAM)の監訳者である。
関口氏によれば、経営学における「パラドックス」には、3つのポイントがあるという。
① 対立、もしくは相矛盾する要素が同時に存在し続けている
1つめのポイントは、相対する、または相反する要素があり、片方ずつ見れば合理的だが、両方同時に実現しようと考えると、一見、矛盾しているように見えることだ。
「たとえば『今期の利益を最大化する』というのは、それだけを考えると合理的です。また、『会社の長期的なバリューを最大化する』というのも、これだけ考えれば当然のことといえます。では、短期的利益を最大化しつつ、同時に長期的な企業価値を最大化しようと考えるとどうでしょうか。短期的利益を増やそうとしすぎると、長期的な投資が疎かになります。一方、将来への投資にばかり注力すると、短期的な利益が確保できず、両者を同時に実現することは矛盾すると考えられます」
② それらは相互に関連し合い、依存し合っている
2つめのポイントは、2つの要素は相反するけれども、互いに依存し合い、関連しているということである。
「先ほどの例で言うと、短期的利益と長期的利益は、一方を重視すると片方が軽視されそうですが、短期の利益を積み重ねた結果として長期的な利益が実現しますし、長期の繁栄という考え方に基づいて投資してきた結果として、短期の利益も高まります」
③ その関係は解消されることなく存在し続ける
3つめのポイントは、この対立関係はすぐには解消されないということだ。
「魔法のようなアイデアによって一気に解消することはありません。短期的利益と長期的利益の関係性も、常に存在し続けます」