学びとスキル│人間知性(HI) 人工知能(AI)の時代に必要な「人間知性(HI)」の鍛え方 安川 新一郎氏 グレートジャーニー合同会社 代表/東京大学未来ビジョン研究センター 特任研究員
2023年は、生成AIが一般に広く知られ、また利用されるようになった年だった。
AIの活用が当たり前になりつつあるなかで、今後、人間にはどのような役割が求められるのだろうか。
その1つの答えとして「人間知性(Human Intelligence:HI)」を説くのが、『ブレイン・ワークアウト 人工知能(AI)と共存するための人間知性(HI)の鍛え方』(KADOKAWA)の著者、安川新一郎氏だ。人間知性とはいかなるもので、どうすれば高められるのか、安川氏に聞いた。
[取材・文]=増田忠英 [写真]=安川 新一郎氏提供
進化するAIに対して人間に求められる役割とは
安川新一郎氏は1990年代をマッキンゼー・アンド・カンパニーで主に通信IT分野のコンサルタントとして過ごし、1999年にソフトバンクに社長室長として入社。その後14年間にわたり、孫正義社長の傍らでブロードバンド事業やモバイル事業など、孫氏が掲げる「デジタル情報革命」の推進に携わってきた。
「私はこれまでのキャリアを通じて『テクノロジーが開く未来』を一貫したテーマとして扱ってきました。そのなかで、もっとも影響を受けたのが、早い段階から人工知能の普及を予見していた孫社長です。その影響や自身の経験を踏まえて、生成AIが登場した21世紀の知的生産技術についてまとめたのが、著書『ブレイン・ワークアウト』です」
安川氏は、人類はこれまでの長い歴史において、様々な情報革命が起きるたびに、新たな知性の在り方や自分自身の存在意義を考え、進化してきたと話す。
「たとえば画家は、宮廷画家の時代には精密に描くことに価値がありましたが、写真技術が登場して以降は、印象派や現代アートなど、従来と異なる新たな価値を生み出して生き残りました。今回の“生成AI革命”においても、機械にできることが増えるなかで、人間に残された役割は何かを再定義することが求められています」
今後、人間にとって重要なのは「知能」ではなく「知性」
生成AIが実用化され、今後さらに進化することが予想される現在において、安川氏が人間の役割として注目するのが「Human Intelligence(HI)」である。AI(Artificial Intelligence)は「人工知能」と訳されるが、同じIntelligenceでも、人間の「知能」ではなく「知性」に着目したものが「人間知性」だという。
「知能の領域では、機械は人間をすでに追い越しています。計算はもちろん、画像や音声などの認識能力はすでに人間の能力を上回っていますし、最適解が求められるチェスや囲碁でも人間は機械には勝てません。したがって、『知能』の部分では抜かれてもいい。それよりも人間は、機械が持たない『知性』の部分を鍛えていく必要があります」
では、人間知性とは何か。安川氏は「答えのない問いを考えること」だと話す(図1)。
「人間は誰しも、死ぬことを前提に生きています。そこから、『人は何のために生きるのか』『人としてどう良く生きるか』という問いが生まれます。また、社会的動物である人間は、『社会をどうより良くしていくか』という問いも持ちます。哲学や宗教にもつながるこれらの問いには正解はありません。一方、機械には哲学も宗教もなく、こうした問いを持つこともありません」
たとえば、AIによって天気予報の精度は格段に上がったが、AIは過去の雲の形と降水量の相関分析をしているだけで、天気という概念や現象を理解しているわけではない。チェスや囲碁についても同様に、与えられた教師データ(AIが機械学習に利用するデータ)を再現しているだけで、AIは勝ち負けの概念やルールを理解していない。あくまでもAIによって得られた結果から、人間が判断しているに過ぎない。