学びとスキル│非認知能力 理念の解像度を上げ、価値観を浸透させる「非認知能力」の伸ばし方 中山芳一氏 岡山大学 教育推進機構 准教授
数字では測れない“非認知能力”―EQ(こころの知能指数)、SEL教育(社会性と情動の学び)、といった概念が近年注目を集めている。
学校教育における導入が主流だが、非認知能力育成の専門家である岡山大学の中山芳一准教授は、「非認知能力は大人になっても伸ばすことができる能力です」と語る。
非認知能力の育成は企業にどのような価値をもたらすのか、理念浸透との関係等について聞いた。
[取材・文]=平林謙治 [写真]=中山芳一氏提供
なぜ、いま「非認知能力」なのか
「もっとも強い者が生き残るのではなく、もっとも賢い者が生き延びるのでもない。唯一生き残るのは、変化できるものである」―― ダーウィンが進化論の神髄を語ったと信じられてきたこの名言は、近年ではダーウィン本人の言葉ではない、というのが定説だ。しかし誰のものであれ、この言葉が今日ほど説得力をもって響く時代はないといっていい。
「社会環境が複雑化し、先の見通しが立たない時代だからこそ、非認知能力が注目されているのでしょう。“変化できるもの”になるために、非認知能力は欠かせませんから」と語るのは、教育方法学を専門とする岡山大学教育推進機構准教授の中山芳一氏。非認知能力育成の第一人者である。
「非認知能力とは、ひと言で言うと、点数など客観的な数値で測ることのできない能力の総称です。意欲や自信、自制心や回復力、共感性や協調性など広く“人間性”とよばれる個人の内面や特性を意味します。一方で、学校の成績やIQ、英語力といった点数化できるものが認知能力。この領域はいまではAIに頼れるようになってきましたよね。急激な科学技術の進化も、非認知能力に関心が集まる背景の1つに違いありません」
「非認知能力」という言葉自体は、2000年にノーベル賞を受賞した米国の経済学者、ジェームズ・J・ヘックマン教授の研究から高く注目されるようになった呼称であり、2015年にOECD(経済協力開発機構)が提唱した「社会情動的スキル」も同様のものとして考えることができる。中山氏も「呼称としては社会情動的スキルの方がより明確に言い表せています」という。
「社会情動的スキルを構成する要素として、OECDでは『目標を達成する力』(忍耐力など)、『他者と協働する力』(社交性など)、『感情のコントロール』(自尊心など)の3つを挙げています。さらに、社会情動的スキルが伸びることによって認知的スキルも向上するという相関関係に言及し、注目されました」
先述のヘックマン教授も、幼児期の非認知能力に関する教育が、以降の学力や年収などにプラスの影響を及ぼすことを立証している。
「要するに、子どもの意欲や主体性を伸ばせば学力もおのずと向上し、成功しやすいということですね。非認知能力に認知能力を支える機能があるとわかって以来、日本の教育界でも非認知能力の育成がますます重要視されるようになってきました」と、中山氏は指摘する。
人として大切な力を育むために
中山氏が非認知能力と出会ったのは、研究室や教室ではなく、実践の場だった。知識や理論ではなく、強烈な実体験として、その大切さを学んだのだという。
「小学生のころから小学校の先生になるのが夢でしたが、大学の教育学部を卒業したあとは、31歳まで学童保育指導員(現在は放課後児童支援員)という仕事に就いていました。当時、地元の岡山県内で、学童保育を生業とする男性の指導員は私1人だけ。正直待遇は厳しく、年収200万円も程遠いような有り様でしたが、にもかかわらず、学童保育の世界にどっぷりとハマってしまったんですよ。そこが、非認知能力の“沼”だったからです(笑)」